幾何学

 人が何かを「理解した」というとき,理解という語を「イメージの形成」と言い換えることもできる.それは静的な 空間的布置のイメージかもしれず,あるいは動的な時間的変化のイメージかもしれない.幾何学とは,ものの形を理解 する学問,より一般に,目に見える形から無形の構造に至るまで広い意味での形を対象とする分野である.幾何学のひ とつの起源は,現実のリアルな物理的世界の「形」である.しかし同時に,数学の発達の中で次々と噴出してきた,新 しい数学的理解に伴う新しいイメージの「形」そのものも,幾何学のいまひとつの起源である.幾何学の歴史において は空間自体が抽象化され「位相空間」あるいは「多様体」として実体化されたことにより,世界が大きく拡がり,具体 と抽象との緊密な関係は,研究の大きな柱となった.この有様を,当研究科教員の研究分野を中心に概観してみよう.  
(1)空間のもつ対称性をひとまとめにした集合は代数的な構造を持つと同時にそれ自体ひとつの空間となり,幾何学 の対象となる.特に「リー群」,「微分同相群」は,幾何学に豊かな研究対象を与えた.種々の幾何構造に立脚した表現 の理論は,対称性を線形化したものであり,一般には無限次元の表現空間を通じて,複素幾何,幾何的量子化,偏微分 方程式から,非可換幾何,大域解析,整数論,積分幾何学など多くの分野を巻き込みながら活発に研究されている.  
(2)ひとつの空間を舞台とする構造にはリーマン構造とその拡張,ケーラー計量等の,局所的なねじれの構造をもつ 空間から,シンプレクティック構造,接触構造,葉層構造など大域的な位相的構造と近い性格をもつものまで様々な幅 がある.その個性は,構造の「変形」を許すか,あるいは「剛性」を持つかの差異としても反映する.  
(3)解析学の対象でもある方程式による規定をもつ構造では,しばしばその方程式を写像として幾何学的に把握可能 である.こうして幾何学を幾何学そのものに応用することにより深い到達が可能になる.方程式の解は,一般に「良い構造」 と考えられるが,理論の進展により,良い空間の「良さ」の様々な認識とその深化が見られる.  
(4)ひとつの理論,ひとつの分野の出現は新しい顕微鏡・望遠鏡あるいはひとつの尺度の創造に例えられる.その理 論によって見える世界は,理論の構造と表裏一体でもある.多様体とそれらの間の広義の変形からなるカテゴリーを, 代数的に把握する「位相的量子場理論」の視点,様々な構造に伴って出現する代数的構造の探求,構造の特徴を浮き彫 りにする「特性類」,滑らかさと連続の間の差異を見る目の精緻化,力学系全体の空間の中で特徴づけられる個々の力学 系の性質,はこれに数えられる.  
幾何学のひとつの魅力は,数学の多岐多様にわたる分野の思いがけない出会いであり,手法と認識の深化である.

(文責 古田 幹雄)