IAMP と ICMP

International Congress of Mathematicians (国際数学者会議,ICM)はフィールズ賞を授与する4年に一度の大規模国際学会としてよく知られているが,数理物理学では International Congress on Mathematical Physics (ICMP)という大規模学会が3年に一度開かれている.今年(2021年)はそれにあたっており,今これを書いている週にジュネーブからオンラインとのハイブリッド形式で開催されている.参加者数は毎回1,000人弱と言ったあたりだ.(ICM は数千人規模である.)

これを主催する学会は International Association of Mathematical Physics (IAMP) である.これは1976年にできた数理物理学の国際学会だ.分野は限定されているが国は限定されていないという点でかなり特徴的な学会であり,数理物理学を研究していれば世界中だれでも入会できる.(アメリカ数学会や日本数学会も数学者なら世界中だれでも入会できるが,実際はアメリカ,日本の数学者が中心なことは明らかであろう.) 入会基準は現会員2名の推薦か,数理物理学の論文2本であり,会費は年33ドルだ.私も2003年から入っている.1979〜1981年には荒木不二洋先生が会長を務めており,現在の会長は Nachatergaele である.年に4回この学会のニュースレターが発行されており,私もその編集委員に名前を連ねている.

ICMP の第1回は1972年にモスクワで開かれた.1975年には荒木不二洋先生によって京都で開かれている.最初のうちは間隔は一定していなかったのだが,1988年のスウォンジー(イギリス)からきっちり3年ごとになった.この1988年の ICMP は,全体講演をした Witten が Jones 多項式の Quantum Field Theory によるフォーミュレーションを現地で見出した回である.この後は3年ごとの開催になったために,4年ごとに開かれる ICM とは12年に一度同じ年になることになった.今までこれに該当したのは1994年のパリ,2006年のリオデジャネイロ,2018年のモントリオールである.

会議の内容は全体講演(1時間)とセクション講演(パラレルセッションで30分が基本)に分かれている.Quantum Field Theory などのセクションはいつでもあるが,作用素環に関係したセクションは時によってあったりなかったりする.2003年の時は Jones ががんばって作用素環セクションを作ったのに,オーガナイザーの人が怠けて誰にも講演を頼まないまま本番1週間前くらいになってしまい,大混乱が起きた.それでもがんばって元から来る予定になっていた人,急に来られる人をかき集めて何とか3人の枠を確保したのだった.私はこの回でもともと Quantum Field Theory のセクションで講演する予定だったのだが,この混乱のために玉突きで私の講演は Operator Algebras and Quantum Information のセクションに切り替えられた.

私が初めて ICMP に参加したのはこの2003年のリスボンである.それまで ICMP というものがあるということは知っていたが,1990年代末までの私の研究はあまり数理物理学と関係がなかったので,自分には縁のない学会だと思っていたのである.しかし30分のセクション講演をしてくれと言われたので行ってみたところ,自分の知り合いはあまりいないのではないかと思っていたらたくさん参加していたので少し驚いた.ポルトガルは初めてだったがいろいろ物珍しくいいところだった.

その次は2006年のリオデジャネイロである.この時は全体講演だった.会議のだいぶ前に全体講演者に誰がいいと思うかと相談されて,当然自分でない人を挙げたら,その後自分が全体講演を頼まれたので驚いた.南米はこの時が初めてだった.これでその後参加する癖がついたので,2009年のプラハ,2012年のオールボー(デンマーク),2015年のサンチャゴ,2021年のジュネーブ(オンライン)と参加を続けている.講演の座長も何度か頼まれ,2012年の時は Haagerup の全体講演の座長を務めた.2018年のモントリオールは直後のリオデジャネイロでの ICM と日程が近すぎて両方行くのは困難だと思ったので行かなかった.プラハの時は特に治安が悪いとは感じなかったのだが,私の共同研究者は街の中心で財布を盗まれたのだった.このほか,ICMP ではよく Comm. Math. Phys., J. Math. Phys., Rev. Math. Phys. など数理物理のジャーナルのエディター会議があり,いろいろな人と会えるので好都合だった.

ICMP では数理物理学最高レベルの国際賞 Henri Poincaré Prize も授与される.この賞はこれまで Witten, Kontsevich, Villani をはじめとする極めて著名な人たちが受賞しているものだ.受賞者は1997年以来毎回3〜4名であるが,2003年に私が初めて参加した時には荒木不二洋先生が受賞者の一人だった.この時は受賞業績紹介をする予定だった Longo から頼まれて「荒木先生,おめでとうございます!」というスライドを日本語で事前に準備したのだった.今年は日本人で二人目となる,緒方芳子さんによるこの賞の受賞があり,大変めでたいことである.なお今年の他の受賞者の一人は Baxter である.これまでのしきたりではこの賞はだいたい1/3が若手(40歳前後)の最近の業績に対して与えられ,残りの2/3は長老格の人の一生の業績に対して与えられることになっている.また今年の緒方さんは全体講演も行った.私が知っているここ30年くらいでは,ほかに日本人の全体講演者は,神保道夫,楠岡成雄,中村周,深谷賢治,野海正俊の各氏と私である.

ICMP を日本でやれないかと聞かれたこともあるのだがとても大変なので無理だと答えた.事務的な準備作業だけならがんばればできるのだろうが,かなりの額のお金を集めないと開けないのだ.ある回の予算を見ると,参加者から集める登録費のほかに,政府,学会,大学などから2,000万円くらい集めるのだという.残念ながらそれはどう考えても我々には無理だと思う.

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