冬のリオデジャネイロ

リオデジャネイロに行ったことは2回ある.2006年の International Congress on Mathematical Physics (ICMP) と,2018年の International Congress of Mathematicians (ICM) だ.どちらも多くの人が集まる巨大学会である.(ICMP は3年に一度開かれる,数理物理学最大の国際会議だ.) 2006年には南米に行くのも初めてだった.飛行機は成田・ロサンゼルス・ワシントン・サンパウロ・リオデジャネイロと経由し,乗っている時間だけで24時間くらいだった.私の講演は初日の朝だったので,時差や飛行機乗り継ぎの失敗の可能性も考えて一日早めに着いた.中心部に近い高級ホテルが学会の会場で,現地の人がこのホテルを取ってくれた.何か Einstein などの偉い人や有名人がたくさん泊ったことがあるということがいろいろ書いてあった.8月だったので南半球の季節は冬のはずだが日本の夏のように暑かった.

多くの人からリオデジャネイロはとても危ないところだと言われた.リオデジャネイロに行って無事に帰って来た日本人数学者は一人しかいないという説も聞いた.リオデジャネイロに何度も行ったことのある知り合いの日本人数学者に本当に危ないんですか,と聞いたところ,ふふふ,危ないんですよ,というのが答えだった.彼は強盗に襲われてナイフを突きつけられたということである.現地には日系ブラジル人もたくさんいるが,腕時計をしているのは日本人だけなので狙われるのだという話も聞いた.どこまで本当なのか怪しい気もしたが,現地ではずっと腕時計ははずしていた.

ICMP 初日の最初の講演は Werner, 2番目が私だった.私は Werner のことは全く知らなかったのだが,講演で共形場理論に言及し,この話とは別の共形場理論の側面は次の講演で説明されるでしょう,と言ったので,私の講演の宣伝をしてくれていいやつだと思った.彼はその2週間後にフィールズ賞を取った.あとで考えてみれば主催者の人たちは彼がフィールズ賞を取るということをわかっていたから彼をプログラムのトップバッターに持ってきたのであった.私の講演の後の質問の時間に(フィールズ賞を取った物理学者の) Witten が手を挙げて質問した.彼が作用素環に興味があるとは思っていなかったので驚いた.そのずっとあとになって,Witten は私の共著者の Longo と共著論文を書き,冨田竹崎理論を使った論文も書いている.Witten にかかれば何でもたちまちマスターできてしまうようだ.

休みの午後にアメリカの人たちについて,コルコバードの丘の有名な巨大キリスト像を見に行った.この3年前にリスボンでこれを模して作ったさらに巨大なキリスト像を見たのだが,やはりリオデジャネイロの本家の方が味わい深かった.このほか奇岩として有名なポン・ジ・アスーカルもホテルのそばにありよい眺めだった.最初は出歩くのが危ないのではないかと恐れていたのだが,だんだん慣れてきて,ドイツ人たちと夜にコパカバーナ海岸にも行ってみた.当然だが海岸は真っ暗であまりよくわからなかった.その後は午前0時過ぎにレストランを出て地下鉄に乗って帰って来たのだが,ドイツ人たちは全く怖がっていないようだった.ブラジル特有の串刺し肉料理シュラスコもホテルのそばで食べてみた.たくさん並んでいるのを自分で取り,レジで重さを測ってそれに比例した料金を払うという仕組みである.

2018年には ICM のため再びリオデジャネイロに向かった.今度は飛行機は成田・ヒューストン・リオデジャネイロとだいぶ楽になった.やはり南半球の8月なのにとても暑かった.ICM は1986年のバークレーの際は UCLA の院生だったので初参加した.Donaldson, Faltings, Freedman がフィールズ賞を取った回である.1990年の京都も日本開催だったので当然のこととして出席した.Jones のフィールズ賞のおかげで我々は大いに盛り上がった.これで何でも出席する癖がついたのか,1994年のチューリッヒにも続けて参加した.しかしみんなが出るのは ICM 前後に開かれる,自分の研究分野に近いサテライトコンファレンスだけで,ICM 本体には出席しないのが普通だとやっと悟ったので次からは出るのをやめた.このため2018年は24年ぶりの ICM 参加となった.

初日の開会式に行くとかなり人が並んでいた.その横を柏原正樹先生が現地の人たちに連れられて先に通って行くのを見て,柏原先生くらいになると列にも並ばなくていいんだと思ったが,それは Chern メダルの受賞者だからなのだったと開会式でわかった.フィールズ賞のうち Figalli 受賞のニュースはフライングで先にイタリアのニュースサイトに流れたのを現地で見た.Birkar のフィールズ賞の金メダルはその日のうちに盗まれてしまった.会場は中心部からは遠く,特に危なくないのでは,と思っていたのだが,あらためてリオデジャネイロの治安の悪さを思い知らされたできごとである.予備のメダルがあるという驚きの話で,彼には再度メダルが授与された.国際数学連合総裁の森重文先生がメダルを渡す役で,Birkar は史上初めてフィールズ賞を2回もらった数学者となりました,と言っていた.彼はクルド難民であるが,これまでの自分の苦しみに比べればメダルを盗まれたくらいは大したことがない,このくらいのことでくじけていたら私は今ここに立っていないであろう,とスピーチしていて感動的だった.

昔の ICM に出たときは,全体講演は巨大な会場に聴衆がぎっしりで,セクション講演でも200人,300人といった数の聴衆がいたような気がするのだが,2018年はたいていのセクション講演の聴衆は40〜60人程度でずいぶん少ない気がした.私の講演の時も数えてみたが,聴衆は60人くらいだった.20人ちょっとというセクション講演さえあった.私が出たセクション講演で一番の人気は Viazovska で200人くらいいたと思う.ICM の講演は最近のものはビデオが公開されていて,私の講演ビデオは2,400回以上視聴されているので,現地で聞いた人よりビデオを見た人の方が桁違いに多いことになる.もっともこの話を理解できる人が2,400人いるとはとても考えられないが.

ICM にはいくつかパーティーがあった.ICM 本体についていて誰でも参加できるパーティーのほかに,各国数学会が行っているレセプションがあり,日本数学会もやっている.私はなぜかロシアのレセプションに呼ばれたので行ってみた.入り口で(フィールズ賞の) Okounkov に会った.ロシアは次回2022年の ICM 開催地なので盛り上げていこうとしているようだった.日本人もかなりたくさん来ていた.なお C*環の元祖の一人 Gelfand がのちに作用素環に興味を失ったこともあり,ロシアには作用素環の人はほとんどいない.私の知り合いのロシア人はもっぱら数理物理の関係である.

この ICM では数学の研究講演のほかに一般向け講演も行われてている.時枝正氏による一般講演のビデオがyoutubeにあげられているが,大変素晴らしいものだ.私は用事で早く帰ったためリオデジャネイロではこの講演に出ていないのだが,時枝氏にはケンブリッジ大学で会ったときにこのビデオと同様の実演を一対一で見せてもらったことがある.これこそこの ICM で一番のおすすめビデオである.

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