UCLA と作用素環

私は作用素環の研究で UCLA で1989年に Ph.D. を取った.UCLA は長年にわたり世界の作用素環研究の中核大学の一つである.様々なランキングでトップグループに入るようなアメリカの研究大学で,作用素環の研究をしているのは UCLA と UC Berkeley だけである.Jones が UC Berkeley からヴァンダービルト大学に移ってさらに大変残念なことに亡くなってしまったので,世界の作用素環における UCLA の重要性はさらに高まっていると思う.

UCLA とはカリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles)の略であり,この略称があまりに有名でTシャツメーカーかなどと言われることもあるが,カリフォルニア大学システムの1校である.そこでまずカリフォルニア大学について簡単に触れておこう.カリフォルニア州には州立の大学が2系列ある.一つはカリフォルニア大学(University of California)で,10大学からなる.UC Berkeley, UCLA, UC San Diego, UC Santa Barbara などが含まれる研究大学群であり,多くのノーベル賞教授を抱えている.各校は独立して運営されており,キャンパスの場所も学生も教員もそれぞれ全く別の学校である.もう一つはカリフォルニア州立大学(California State University)であり,23のキャンパスからなる.こちらは教育主体の大学であり,研究で世界的に優れているということはない.前者のカリフォルニア大学も州立なので,日本ではこちらのことをカリフォルニア州立大学と呼ぶ人がよくいるが,上記の説明からわかるようにこれは誤りである.アメリカの有名大学は圧倒的多数が私立大学であり,その中でしばしば UC Berkeley が公立トップ大学と言われてきた.最近はいろいろなランキングで,UCLA が UC Berkeley を抜いたというものがいくつもあり,UCLA ではこれを盛んに宣伝しているが,本当のところどうなのかは私にはよくわからない.

アメリカの一流大学の大半は私立なのに,わざわざ公立大学の中で...というのが話題になるのは公立大学の方が授業料が安いからである.有名私立大学だと年間授業料は軒並み$50,000と言ったレベルだが,カリフォルニア大学は州民だと$14,000, 州外民は$44,000なので比較すればずっと安い.(アメリカ人はカリフォルニア州に引っ越せば州民になれる.留学生はだめである.) ただしこれでも日本の国公立大学よりはずっと高い.私が留学していた1980年代後半には,州民授業料が$1,500, 州外民が$6,000だったので,これに比べればとんでもない値上がりである.(なお博士課程大学院生の授業料はたいてい免除になるので,高い授業料が問題になるのは主に学部学生である.)

さて UCLA の話だが,私が留学した1985年の時点では作用素環の教授は,Effros, 竹崎の二人だった.(ところで脱線するが,Effros は双子であり,もう一人は医学研究者だった.私も会ったことがあるが,この二人は禿具合まで含めてそっくりであり,彼らを見た人は誰しも遺伝の力の強さに驚いたものである.) 1987年に Popa がここに加わった.また UC Berkeley で博士号を取りたてだった Phillips が私の在学中とちょうど重なる3年間,任期付き教員だった.またペンシルバニア大学にいた Powers が客員教授として1年滞在していた.このため私の在学中のすべての学期に,作用素環の進んだ大学院講義が行われており,とてもいい環境だったと思う.特に Popa の講義は入門から始まって彼自身の切り開いた最先端に達するものでたいへんすばらしいものだった.本当は1学期(10週間)で終わるはずだったのだが,大変良い講義なのでぜひもう1学期やってくださいという学生の署名を私が集めて,延長が実現した.また私が卒業した後も,作用素環の有望な若手が2,3年のポストに就く例はたくさんあった.私が大学院に在学していた4年間ずっと,竹崎先生のところの院生は私を含めて2人だけだったので,指導もたいへんていねいだった.

作用素環そのものではないが,私が学生の頃に結び目理論の Rolfsen も客員教授として来ていて結び目の講義をしていた.私は Jones 多項式関連の内容はこの講義で学んでたいへん有益だった.また数学的には特に近くなかったが,日本人の村瀬元彦氏(現 UC Davis教授)も Hedrick Assistant Professor として私と同じ時期に UCLA に勤めていてよく話をした.このポストは若手用の条件がよく格の高いポストであり,アメリカの大学ではこのような特別の名前のついた若手ポストがよくある.Jones も博士号取得直後には UCLA のこのポストについていた.このほかにも私は偏微分方程式の Eskin の授業にも出ていたが,彼の息子が 2020 年にブレークスルー賞を取った Alex Eskin である.このため Alex Eskin の方も学部の出身は UCLA である.

その後,竹崎,Effros が引退し,Shlyakhtenko が教授になって現在の陣容になった.(また脱線するが,彼の名前は長くて綴りを間違いやすいとよく言われるものだが,フルネームの長さは Dimitri Shlyakhtenko で私の Yasuyuki Kawahigashi と同じである.) なおアメリカの大学教授に定年はないのでかなり長間同じ人がいることがよくある.定年制は年齢による差別として憲法違反で無効とされたからである.作用素環長老の Kadison は最近93歳で亡くなるまで現役のペンシルバニア大学教授だった.定年がないのになぜ引退する人がいるかというと,一つはもう年で疲れたということだが,もう一つはやめても十分な年金が出ることがよくあるからである.これは UCLA ではなく,UC Berkeley の話だが,私の知り合いの教授は引退してもオフィスや図書館はまったく同じように使えるし,研究費も通れば同様にもらえるし,院生の指導やセミナーも普通に続けられると言っていた.給料の代わりに年金になったが,手取りの減少はわずかで,大きな違いは授業と会議がなくなったことだけということであった.これなら誰だって引退したいところである.

U.S. News and World Report と言うアメリカの雑誌の,アメリカ大学院分野別ランキングというものがあり,アメリカではとても重視されている.数学というくくりだけではなく,代数,幾何,解析などに分けた細かい分野別のランキングも出している.最新版では UCLA 数学科は数学全体で7位,(作用素環が含まれる)解析学では1位でありめでたいことだ.解析学では最近ずっと1位である.もっともこの1位の最大の理由は作用素環ではなく,フィールズ賞の Tao がいることだと思うが.

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