学生サークル・物理学研究会数学パート

東大理科一類1, 2年生の頃,物理学研究会数学パートというサークルに入っていた.まず1981年に東大に入学してすぐの時,いくつかのサークルを見て回った.当時はパソコンのプログラミングに熱中していたため,新入生勧誘のイベントで東大マイコンクラブに行ってみたのだが,私の出会った新入生はみな素人だったのでつまらなさそうな気がしてやめにした.数学の勉強会サークルとして目に留まったのがこの物理学研究会数学パートだった.二三人の一年上の先輩たちが勧誘しており,小野薫氏(現京大数理研教授)がいろいろ説明してくれたのでここに入ることにした.サークルの名前は省略してみんな物研と言っていた.ほかにこの種の数学勉強サークルとしては自然科学研究会というのもあったはずなのだが,そちらには出会わなかった.基本的活動は数学の専門書を皆で輪講するというものである.どんな本を読んでいたのかあまりよく覚えていないのだが,ホモロジー代数や多変数複素解析の本があったことは間違いないと思う.同じ学年には小林俊行氏(現東大数理教授)がいた.また二年上には古田幹雄氏(現東大数理教授)と,のちに『分数ができない大学生』などで有名になる戸瀬信之氏(現慶応大学教授)がいたが,当時は数学科(三年生以上)は本郷キャンパスにあったので,二年上の先輩と会うことはあまりなかった.駒場キャンパスの学生会館の3階に部室があり,そこによくたむろしていた.勉強会自体よりも部室でだべっていたことことの方が記憶に残っている.私の前後の学年の数学科への進学率はとても高かった.

現在私は日本数学会で大物を呼んで講演してもらうイベントの高木レクチャーのオーガナイザーをやっているが,そのオーガナイザー6人のうち,私を含めた3人はこの当時の物研のメンバーである.あとのうちの2人は,中島啓氏(東大 IPMU 教授)は麻布中学1年生の時の同級生だし,斎藤毅氏(東大数理教授)も東大数学科の1年先輩で,私が2年生の時から知っているので,途中からオーガナイザーに加わった熊谷隆氏(京大数理研教授)以外は全員大昔からの知り合いである.日本数学会のほかの委員会などに行っても大昔からの知り合いだらけのことがよくある.その人たち自身はみんな立派な人たちなのだが,日本の数学界全体としては人材供給源が限られているのはあまり喜ぶべきことではないと思う.

私が高校3年生の時に,広中平祐先生が高校生向け夏季セミナー「数理の翼」を始めており,私はその第1回参加者だった.私が大学2年生の時にこのセミナー参加者の集まりの湧源クラブというものができ,これは物研とは全く別のものだったのだが,私以下の学年ではそれなりに人の重なりがあったので活動に一部共通したところがあった.この「数理の翼」は今も続いており,湧源クラブもずっといろいろな活動を続けている.

東大教養学部には,普通の講義と全く別に自由な内容を教える全学ゼミナールというものがあり,私の頃は金子晃先生による佐藤超函数入門,Serre の『数論講義』の輪講,英語による数学書の輪講などが行われていた.特に1年生の最初に出た佐藤超函数の講義は,最後は佐藤幹夫氏の原論文をみんなで読むという内容で大変素晴らしいものだった.多くの物研の学生がこれらに参加していたので,これもサークル活動の一環のような感じだった.なおこの全学ゼミナールの仕組みは今も続いており,私も超準解析,英語の数学書の輪講など何度も担当したことがある.

駒下(駒場東大前の踏切を降りたところ)にはもうなくなってしまった喫茶店が二つあり,そこにもよく物研のみんなで行った.メンバーの誰かがお茶を飲みながら,机にペンで数式を書いて怒られたことがあったように記憶している.そこで代わりということで紙ナプキンにもよく式を書いていた.また東大駒場キャンパスの裏門から出たところにあったカフェのシェ・リュイという店も同じようによく使っていたがこれもなくなってしまった.

この物理学研究会にはもう一つ物理パートもあり,そちらでは理論物理学の本の自主ゼミなどを行っていた.数学パートとは別だったので,私と一緒の活動はしていなかったのだが,こちらのパートには,現在東大理事・副学長の藤垣裕子氏や,ゴードン・ベル賞,著書『原発事故と科学的方法』その他幅広い活動で有名な牧野淳一郎氏(現神戸大学教授)がいた.この二人は当時できたばかりだった駒場の基礎科学科第二に進学した.

このサークル出身だという学生が私のところの大学院生にいたので,私の10年あとくらいまではこのサークルは同じように活動していたはずである.さらにもっと最近になってからも駒場キャンパスの委員として駒場祭の見回りをしたときにこのサークルの展示はあったので,比較的最近まであったことは間違いないのだが,現在でもあるのかどうかよくわからない.東大の数学科の学生を見ていると,いろいろな種類の自主ゼミ活動自体は今も広く行われているようなので,大変良いことだと思う.

どうでもよい記事に戻る. 河東のホームページに戻る.