東大全学ゼミ

東大では1, 2年生向けに全学自由研究ゼミナール,全学体験ゼミナール,合わせて略して全学ゼミというものがある.(私が学生の頃は両者は一体だったが,ある時から二つに分かれるようになった.) 内容は教員の自由であり,普通の講義ではやらないような様々な内容が開講されている.担当教員は東大全体に渡っており,通常は1, 2年生を教えない教員が担当することも多い.数は少ないが外部講師によるものもある.例えば今年の例だと次のような題目がある.「豊かな人生設計に必要な金融リテラシーを学ぶ 〜実務の最前線で奮闘する官僚が語る〜」,「空飛ぶ車を実現するための機械工学」,「伊豆に学ぶ(夏)伊豆編S1伊豆日帰りの炭焼き体験」,「囲碁で養う考える力」.私は自分が学生の頃これに4回参加し,たいへん有益だったと思っているので,教員になってからも積極的に担当を希望し,これまで11回やっている.

私が東大に入学した1981年4月にまず,金子晃先生の全学ゼミ「佐藤超函数入門」があって参加した.最初は100人くらいの学生が来ていて大教室を使ったが,そのうち人数は適度に落ち着いた.これは一変数佐藤超函数の入門講義で,前年に出版された同氏の『超函数入門 上』(東大出版会)の第1章にほぼ対応する内容である.複素関数論が前提として必要だが,大学1, 2年生はまだ習っていないので,最初にそれを超特急で教えるというものだった.内容といい説明の仕方といい,たいへん素晴らしい講義であった.今も教員として,このような講義を目指したいと考えている.最後は夏休みに,佐藤超函数の原論文,M. Sato, Theory of hyperfunctions. I, J. Fac. Sci. Univ. Tokyo Sect. I 8 (1959), 139-193 をみんなで輪講するということになり,私も佐藤超函数の層の脆弱性の証明の部分を担当した.注に書いてあった,Schwartz 超函数の場合はこの脆弱性は成り立っていないということの証明を考えて発表したのを覚えている.

その秋には,Serre 『数論講義』の輪講をみんなでするという全学ゼミがあってこれにも参加した.担当は工学部所属の小西芳夫先生で,専門は数論とは関係のない偏微分方程式だったが,この本が面白そうなので取り上げてみたということだった.私はこの全学ゼミの時間が必修の数学とぶつかっていたのだが,必修の方は出なくてもいいと勝手に判断してこちらに参加した.発表もちゃんとやったが,必修と時間が重なっているゼミの単位は取れないので,単位はいらないと言っておいた.有限体の話に始まり,大体本の前半の整係数2次形式の理論までをカバーして一学期が終わったたが,この全学ゼミにもたいへんよい印象を持った.

次に2年生の4月になってからは,コンピュータ・アルゴリズムと英語による数学書の輪講の二つの全学ゼミに参加した.前者は数学ではないのでここでは省略するとして,後者は及川廣太郎先生の担当で,一変数微分積分学の厳密な,しかし特に難しくはない英語の教科書を読んで参加者が毎週発表するというものだった.参加者は6, 7人で毎週2人で発表していたので,私にも何度か担当が回ってきた.人前で英語で発表するのは初めてだったが,けっこうできるものだと思った.のちにアメリカの大学院に留学するにあたってもたいへんよい経験だったと思っている.

さて私が教員になってから担当した全学ゼミの内容は,超準解析,結び目の Jones 多項式,英語による数学書の輪講の3種類であって,回数は順に4回,1回,6回である.超準解析の講義は私が昔読んで大変面白いと思った斎藤正彦先生の『超積と超準解析』に主に従っており,この本自身,東大の全学ゼミでの内容に基づいて書かれたものである.この内容は人気があり,教室に入りきらないくらい学生が来る.またやりたいと思うのだが,学生にインパクトを一番与えるには入ったばかりの学生が半分いる4月にやったほうがいいこと,しかし4月からの学期は私の海外出張が多くなかなかやりにくいことがあって2013年以来やっていない.近いうちに何とかやりたいものである.Jones 多項式は1回しかやっていないのでまたそのうちやってもいいのだが,なんとなくその後一度もやっていない.この時もかなりたくさんの学生が来た.一方,英語による輪講は上記の通り私が学生の時に参加して大変良かったと思っているものなので,私が教員になってからもやっているのだが学生が毎回発表しなくてはいけないので参加者は少なく,最大の時でたぶん7人,最小の時は2人だけであった.超準解析に比べてずっと学生が少ないので,人気がないならやめようかな,と思ったこともあるのだが,教養学部の教務委員会に出ていた時に委員長が,何十人も来るのはゼミではない,数人で濃密な指導をしてこそゼミである,という話をしていたので,それなら少人数もいいかな,と思って続けている.この英語輪講ゼミに出てその後アメリカに留学した人も何人か出ている.私の全学ゼミに出て,その後数学科に来て私の学生になったという人も何人もいるし,こちらでは初対面だと思った数学者や物理学者から,昔私の全学ゼミに出ていた,と言われたことも何度もあるので,たぶんポジティブな結果につながっているのであろう.

上に書いたSerre 『数論講義』の輪講の全学ゼミについて,30年以上たってから,同じものに出ていて数学者になった人から私について,とても嫌味な1年生がいると思った,と言われたことがある.何のことかわからなかったので聞いてみたところ,次のような話であった.第1回のゼミでは,やはり今数学者になっている2年生の人が発表したのだが,この本の日本語版には本文を読むための予備知識をまとめた付録がついており,その人はこの付録の約半分をカバーした.私が二人目の発表者で,みんなは当然私が付録の後半について発表するものだと思っていた.しかし私は,「ぼくはこの本のオリジナルのフランス語版しか持っていません.フランス語版には付録はついていないので本文に入ります.」と言って本文に入ったというのだ.そう言われてみてそういうことがあったことを思い出した.これは確かにとても嫌味な1年生である.

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