講義,講演を時間通りに終わらせるには

私は講義,講演などではいつもプラスマイナス10秒のレベルで時間を守るし,学生にもできるだけちゃんと守るように言っている.普段の学生セミナーで10分オーバーしてもまず実害はないが,研究集会の講演で10分遅れると進行に障害があるし,普段の授業で10分遅れると学生は大いに怒るであろう.すぐに次の講義の部屋に移動しなくてはいけないことも多いからだ.学生のうちから時間を合わせることについて練習しておいた方がよいと思う.昔アメリカで TA (Teaching Assistant)をしていた時にも,絶対に1分でもオーバーするなという指導を受けた.そこでどうすればきっちり時間を守れるかについて書いてみよう.これはあくまで私の個人的意見である.なおネット上に私の講義,講演がいくつもあり,時間がぴったりでないように見えるかもしれないが,それは先方の司会者の都合により時間がちょうどに始まっていないのである.たとえば10時開始となっていても先方の都合で10時1分40秒に始まったりすることはよくある.そういう場合でも私は本来の時間きっかりに終わるようにしているので録画を見ると時間が足りないように見えるのだ.(時間通りに終わってもその後に質問が出てその分録画が延びていることもあるが.) 授業など自分で始められるものはいつもぴったり時間通りに始めている.

プロジェクターで概略を説明する場合: 最近の研究集会でよくあるパターンであるが,これが一番時間を合わせやすい.私は1枚3分でスライドを時間に合わせて正確な枚数を作り,各ページに8/20のようにページ番号を打つ.(タイトルページは0ページにする.私は途中でタイトルだけのページというのは作らないが,作るときはそのページにはページ番号を打たなければよい.) 8ページ目の終わりなら24分であるべきなので,これより早いか遅いかで話し方を調整する.もともと各ページの内容を作る時点で,説明の仕方によって30秒くらい縮めたり1分くらい延ばしたりできるようにしておけば,これでほぼ時間通りに進むことができる.(質問が出た場合はその他の時間をカットする必要があるので,ある程度説明の仕方で縮められる余裕は必要である.) 手書き OHP の時代からこうしているので今は何も見なくてもほぼ1ページ3分で進むことができる.日本語でも英語でも同じである.すなわち,自分が1ページに何分かかるかをきちんと把握する,それに正確に合わせた枚数を用意する,最初から急げば早くできるようにある程度時間に余裕をもって各ページを作っておく,途中経過のページ数と時間を見て急ぐべきかゆっくりするべきかを判断する,ということである.なお1ページ3分というのは他の人と比べると遅めなのだが,ある程度遅めにした方がよいと私は思っている.あるページで導入されたβという記号が何だったか3ページ後に覚えているのは容易でない.特にそれが基本的ななじみのある数学的対象でない場合は一段とそうである.多くの人はスライドのページ数が多すぎて次に進むのが速く,聴衆がついて行けていないと思う.

黒板で概略を説明する場合: 数学では今でも研究集会でよくあるケースである.特に場所が大学や研究所で最初から数学用に作られている場合は大きな黒板があってやりやすい.この場合は話すべき項目をリストアップして,これに10分,これに15分と言った枠を割り当てる.最後の方には,例や注意など,あった方が理解が深まるがなくてもよいものを準備しておく.ぜひ話すべき基本的な部分は決して時間をオーバーしないようきちんと終わらせることを目指す.あとは残り時間を見て例や注意などの中から話すべきことを取捨選択する.詳しい完全な証明をすることは期待されていないので,途中でも時間が足りないと思えば少し急ぐことは十分可能である.予定より速いのか遅いのかを途中で判断してそれに応じて調整していくことが重要である.そのために必要なことは自分が普通のペースで話したとき,5分/10分/15分で話せる量をきちんと把握することである.慣れていないならば実際に話してみて時間を測って練習するしかないと思う.

黒板で細部まで証明する場合: 最後は普段の講義のように完全な証明を黒板で行う場合である.数学ではよくある状況だが,時間を合わせるのはこれが一番難しい.時間が足りないので証明は省略します,などとはできないからである.そもそも黒板などにこだわるのは時代遅れの守旧派だという意見がありそうだが,私の意見では数学発表について今のところまだ黒板以上の効果を持ったデジタルツールは,広く使われているものの中にはないと思う.世界的に見ても海外の主要大学でもほとんどの数学の講義は黒板で行われているし,マイクロソフトの数学研究所 Station Q でさえ黒板を使っている.今あるデジタルツールの何が悪いかというと,画面が狭すぎることである.プロジェクターの画面は今の数倍はないと数学の講義では困る.数学では例えばこちらの写真のように黒板を使うのである.そのほかにもプロジェクターを使うと式や文章が一気に出るので進みが速くなりすぎてわからないというのも大きな欠点であるが,これはわざとゆっくり出せばいいので一応は解決可能である.この場合も準備の最初はどの項目に何分かけるかをリストアップすることである.完全な証明を紙に書いてみて,紙の上のどのくらいの長さが話す時間のどのくらいの長さに当たるのかを測るとよい.次に重要なポイントとして長い証明を最後に持ってくるのは危険である.(数学には授業でやるのなら30分以上かかる証明はざらにある.) 複雑な質問が出ることは少ないが,しかしそういうこともあるので,カットできる余裕を最初から持っているべきである.私は最近では慣れてきて長い証明でもぴったり合わせられるが,昔は最後にはやはり時間調整用の短い例や注意を持ってくるようにしていた.時間を見てそれらを使うかどうか,また使うとすればどれを使うかを決めるのである.こちらは一段と,途中で今予定より速いのか遅いのかを判断することが重要になる.

30年以上大学で教えているのでそれでも失敗することは時にはある.一度若い頃に授業で最後に長い証明に突入してしまって5分以上オーバーしたことがあった.長く延長してしまったのはこの1回だけだと思う.別の時には逆に関数解析の授業で10分以上早く終わりそうになったことがあった.この時は予定になかったその次の定理をやるしかないと思ったのだが,準備なしでできるかどうか不安があった.次の定理のステートメントは○○と××が必要十分だ,というもので間違いなく,証明の片方向きは定義通りやるだけなことは確実だったが問題は逆向きである.対偶を証明するはずで,○○の否定から出発して部分列を抜き出すのだと思ったが,部分列を抜き出すのが1回でよいのか2回いるのかに自信がなかった.30秒落ち着いて考えれば絶対にできるのだが,今は授業で別の定理の証明を黒板で説明している最中なのだ.授業をしている間に同時に考えてやっとわかって,無事時間通りに次の定理の証明を終わらせることができた.一番ドキドキした授業であった.

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