研究集会とおかしい人

学会,研究集会,コンファレンス,シンポジウム,ワークショップなどいろいろな呼び方があるが,研究者が集まって研究発表を行う会のことである.どの名前でもあまり実態に差がないと思う.これらのやり方について,数学が特に変わっていることはないはずだが,やはり学術分野による文化の違いがあるようだ.

日本数学会は3月に年会,9月に秋季総合分科会という大きな集会を開いている.単に数学会に行く,さらにはもっと縮めて学会に行く,というとこれを指すことが多い.会場は日本各地の大学で,たいてい年2回の片方が首都圏の大学である.日本数学会賞の受賞講演など1時間の全体講演があり,10の分科会に分かれた1時間の招待講演があり,さらに学会員が自分から申し込んで行う15分前後の短い分科会講演がたくさんある.これが4日間にわたって行われる.何人参加しているのかよく知らないが,数百人のオーダーだと思う.ある時パラレルセッションなしの総合講演の参加者をざっと見たところ,300人くらいだった.(日本数学会の会員は約5,000人である.) 私は日本にいるときはこの数学会に参加するようにしているが,3月,9月は海外出張していて参加できないことも多い.多くの学術分野で学会と言ってイメージするのはこのようなものではないだろうか.

アメリカ数学会でも似たようなものがあるが,こちらは全分野の人が全国から集まるのは年に1回で1月に開かれる.Joint Mathematics Meeting (JMM)と呼ばれているものだ.アメリカで大学院生をしているとただでアメリカ数学会の会員になれるので,私は昔自動的にアメリカ数学会会員になった.その後もずっと会費を払い続けていて,アメリカに住んでいた期間も通算5年間あるのだが,この JMM にはずっと行ったことがなかった.2019年にボルティモアで開かれた JMM の作用素環のセッションで講演してほしいと頼まれたので,初めて行ってみたところ,数千人が集まる巨大学会だったので少しびっくりした.一部の全体講演は専門外の人にもわかりやすくて大変すばらしいものだった.我々は作用素環関係のセッションだったので参加者は数十人だけだった.なおこのほかにアメリカ数学会では地区ごとの研究集会はあちこちでたくさんやっている.

こういった学会のほかに,4年に一度開かれてフィールズ賞の授与される国際数学者会議(ICM)とか,3年に一度開かれる数理物理の ICMP といったさらに大規模なものもあるが,我々がよく行く研究集会はこういうものではなく,ずっと規模が小さい.人数は数十人規模で,作用素環ないし数理物理学で私が出た範囲では最小で十数人,最大で200人くらいのサイズである.会場は大学や研究所を使うことが多い.オーベルヴォルファッハ数学研究所のように,宿舎もついた研究集会専用の設備も世界中にいくつかある.数学ではホテルを会場にすることは少ないと思う.企業研究者をしている妻の参加する海外の研究集会について行ったことが何度かあるが,たいてい数学よりずっと高そうなホテルを使っていた.ロサンゼルスのディズニーランドの正面のホテルで開かれていたこともあった.数学の研究集会ではとてもありそうにないことである.

数学のこのような研究集会の講演者はオーガナイザーが選んで招待するのが普通である.逆に言えば,この種の研究集会では招待されないと講演することはできない.論文あるいはその概要を送って審査を受けて,通った人だけが講演できるというスタイルのものは数学にはほとんどないと思う.ポスターセッションというのは昔は数学では聞いたことがなかったが,最近はいろいろ増えてきているようだ.講演しないと参加する旅費が研究費で出ないという規則がよくあるので,その対策として大規模学会だと申し込めば誰でも講演できるセッションがあることはよくある.最初に書いた日本数学会でも会員は申し込めば誰でも講演できるし,逆に講演するには会員にならなければならない.このため大学院生は最初に日本数学会で講演するときに会員になるケースが多い.

オーベルヴォルファッハ数学研究所のようにみんなで泊りこむ場合は,その宿と食事が無料で提供されるのが基本である.そうでない会場の場合も招待講演者の滞在費を払うのは,普通オーガナイザーの責任である.それ以外にも若手研究者などの滞在費をある程度払ってくれることはある.飛行機代は講演者の分は払ってくれることもそれなりにあるが,払ってくれないことの方が多い.この飛行機代のため,海外の研究集会に行くには自分の研究費が必要である.最近はコロナウイルスのためオンラインの研究集会ばかりであり,これがコロナウイルスが収まったあとにどうなっていくのかはいろいろよくわからないところだ.じかに会って雑談も含めていろいろ議論した方が研究が進展することは間違いないと思うが,旅行するための金銭的,時間的コストはかなり大きい.それに比べればオンラインで得られる学術的価値の方が小さいであろうが,金銭的,時間的コストはゼロに近いのでそのメリットがあることは間違いない.

この種の数学の研究集会の講演時間は50分か60分が普通である.若手枠だと30分ということはあるが,シニアな人に30分の枠で頼むのは少し失礼だと思う.私の狭い経験では物理の人の方が短い講演時間を好むような気がする.数理物理の大規模学会 ICMP だとセッション招待講演は30分が基本だし,弦理論で毎年開かれている Strings という研究集会でもとても有名な大物が30分講演をしていたりする.数学の研究集会で Witten に30分講演を頼むということはあり得ないであろう.

上に書いたように日本数学会では講演するのは会員の権利である.そこでいったん会員になってしまえばどんなにでたらめな内容の講演を申し込んでも,日本数学会の側では拒否することができない.実際にまるっきりのでたらめ講演は行われている.こういうことを防ぐために,数学会の会員になるには現在の会員2名の推薦が必要になっているのだが,それをかいくぐって会員になってしまえばもうやめさせることはできない.ただ,おかしい内容を講演する人は昔はいろいろいたのだが,最近は限定されているような気がする.私が学生の頃は「宇宙最高数学研究所」という所属を自ら名乗っていた人がいたそうだ.最近の人はいくつも講演を申し込んできて,その講演時間を短くすることはできるので,5件まとめて10分の持ち時間といったことにして,朝一番のあまり人が来ない時間に入れているようだ.残念ながらおかしい人は世界中にいるので,仕方のないところではある.

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