サマースクール数理物理

私はサマースクール数理物理という企画を2002年から毎年東大数理で実施している.もともとは1987年に荒木不二洋先生と江沢洋先生が学習院大学の会場で始めたもので,2001年までその形で行われていた.荒木先生の依頼により,私と小嶋泉氏が引き継ぎ,2009年から緒方芳子氏が責任者に加わり,小嶋氏は2014年を最後に担当から退いた.2006年には諸般の事情により開催を中止したので,これまで私が担当したのは19回ということになる.

私の担当の初回2002年の題目は「非可換幾何学と数理物理」であった.この時は私(たち)自身で決めたのではなく,荒木先生から,これにもう決まっているから,と言われたのである.会場の東大数理大講義室の都合で参加者の上限は200人とした.今から考えてもこれはかなり人気の題目であり,応募がたくさん来て,上限に達するのではないかと思った.ウェブページ上で,常時現在の申込者数を書いていたのだが,最終的に186人でおさまった.時間割や形式は学習院時代のものを踏襲しており,90分講演×3回×4人となっている.これは現在に至るまで原則としてこの形で受け継いでいる.このほかにも学習院時代を引き継いで,参加者の申し込みによる単発講演4件(各30分)と言うのがこの時はあったのだが,時間割がかなりぎっしりしてくるので,この後しばらくしてこの単発講演はやめになった.

このサマースクールでは毎回かなりの量の予稿を講師に書いてもらっており,予稿集を印刷している.(去年と今年はオンライン開催になったので PDF ファイルを配るだけで印刷はしていないが.) 毎回100ページ以上の厚さになり,200ページ以上だったこともある.これは学習院時代から引き継いでいるやり方だが,当然講師の皆さんにはかなりの負担であり,大変ありがたいことである.せっかくこんなに書いてもらってその場で参加者に配るだけではもったいないと思うのだが,なかなかこれを生かすのは簡単ではない.古い予稿集をオンラインで公開することも考えられるが,内容が古い,不完全だなどの理由で消極的な講演者もいるのだ.講演者自身が予稿をネットで公開していることもあり,それはもちろん大歓迎である.過去には予稿集をさらに整理したものを本として出版したことがあり,遊星社,数学書房から出たことがあるのだが,毎回そうしているわけではない.また遊星社はほかにも数学の本をいくつも出してもらっていたのだが,大変残念なことに最近廃業になってしまった.学習院で行われていた時代の予稿集を見ると,参加者一覧が最後に載っており,当時学生でのちに有名な研究者になった人なども何人も見つけられるのだが,載せる手間や参加者の個人情報のことを考え,東大数理でやるようになってからは載せていない.

このサマースクールの費用は,学習院時代は実費を全部参加費でまかなうという方針だった.参加者から3,000円程度の費用を集め,それを会場費,予稿集印刷費,飲み物代などに充てていたのだ.講演者への謝礼は一切払っておらず,それどころか遠方からの講演者の旅費すら払っていなかった.私が担当するようになってからもしばらくはその方針を踏襲していたのだが,さすがに旅費を払わないのは問題があるということで,最近は払うようになっている.しかし依然として講演者への謝礼は払っていない.さらに2019年から参加費の無料化に踏み切った.私の研究費で必要経費を払える間はこれを続けたいと考えている.

数学関係で開かれる集会はサマースクールといった名前がついていても,参加者は大学関係者に事実上限られていることが多い.それ以外の人を排除しているわけでなくても,案内を出す時点で大学関係者しか念頭に置いていないことがよくある.このサマースクールは学習院時代から一般に開放することをめざしていて,月刊誌『数学セミナー』や『数理科学』に案内を出している.またネットでも広く宣伝しているので,大学や公の研究所の所属でない一般の方の参加が毎年かなりある.テーマによってその割合は変動するのだが,1割〜3割といったところである.毎年参加される社会人の方などもそれなりの数いるようだ.学部の低学年生,さらには高校生などの参加もある.最近はアウトリーチの重要性がよく言われるが,社会的に有意義なことと考えている.

テーマについては毎回我々オーガナイザーで考えている.誰かしかるべき人に相談することもある.広い意味で作用素環と関係する話題が選ばれることも多いが,全然そうでないことも結構ある.だんだん我々のネタも尽きてくるので難しくなってくるのだが,いろいろな意見を取り入れてやっていきたいと思う.今年(2021年)のテーマの「機械学習の数理」はもちろん作用素環とは関係なく,外部の方に相談して決めたテーマだったが,例年をはるかに上回る数の申し込みがあり,内容も私が聞いても興味深いもので,良いテーマだったと思っている.講師はできるだけ物理的な人と数学的な人の両方をそろえるように努力しているが,テーマによっては難しいこともある.

コロナウイルスのため去年(2020年)からはオンライン開催になっている.去年は当初は駒場でやるということで募集を開始したのだが,夏になってどう見ても現地開催は無理ということでオンラインに切り替えた.多人数のオンライン集会をやったことがなかったのでいろいろ不安だったが,Zoom の定員250人ということで実施した.それまで毎年定員200名でやっており,一度もこの人数を超えたことはなかったのだが,去年初めて定員に達したということで本来の締め切り前に申し込みを打ち切った.実際には申し込んで参加しなかった人がけっこうな数いたので,もう少し多めには受け入れられたのだが,どうやっても定員を超えていたことは間違いない.今年(2021年)はテーマが機械学習ということで申込者数が激増した.最初,東大の Zoom アカウントの現在の上限である300人を定員に設定したのだがそれはすぐに超えてしまった.東大では手続きすれば上限を増やせるということなので2回増員の手続きをして,1000人に設定した.本当はこれも少し超えていたのだが,欠席者を見込んで申込者は全員O.K.した.しかしこの増員手続きが正しくできているかどうか確認する方法が私には見当たらず,これにかなりの不安を感じていた.当日人数オーバーで多くの人が参加できないような事態になれば目も当てられない大混乱だからである.初日の朝に参加者のカウントが無事300人を超えていくのを見て本当にほっとしたのであった.

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