Schrödinger 研究所

ウィーンに Schrödinger 国際数学物理学研究所(ESI)というものがある.1992年創設ということなのでかなり新しい.私は6回行ったことがあり,特に2008年には作用素環と共形場理論についてのプログラムのオーガナイザーの一人だったので3回行った.研究所といっても常勤の教授などはおらず,常時何らかの研究プログラムでビジターが数十人来ているという形である.この研究所の住所は Boltzmann 通りだ.アメリカ大使館がすぐそばにあり,アメリカ大使館の住所も Boltzmann 通りである.(Boltzmann も Schrödinger もオーストリア出身である.) 前は数理物理に特化している感じだったが最近は数学,物理学の幅広い範囲をカバーしているようだ.

研究所やよく泊まるホテルは中心部にあり,電車や路面電車で簡単に空港から行けるのだが,初めて行ったときは道がよくわからなかったことと,時間が少し遅くなったことから,中心部の駅から研究所で取ってくれたホテルまでタクシーに乗った.数学者が泊まるホテルは大したことはないのが普通で,安ホテルに慣れているのにこの時はキラキラした高級っぽいホテルで何か間違えたのではないかと思ったが確かに正しいホテルだった.研究所はこのホテルと長期滞在契約を結んでいて,長く泊まると特別に安くなるのだということを後で知った.

ウィーン中心部は観光の意味での見どころが密集しており,素晴らしいところである.リングと呼ばれる環状道路の中が真の中心部で研究所はその外だが,路面電車で簡単に中心部に行ける.ドナウ運河もすぐそばを通っていて大変きれいである.中心部のシュテファン教会やその周りの広場が有名である.そこからちょっと外側に行くとザッハトルテでよく知られたホテルザッハーがある.カフェが併設されているのでザッハトルテとお茶を簡単に味わうことができる.美術館もたくさんあり,Klimt の「接吻」などがある.

研究所のすぐ近くの寿司屋に行ったことがある.私は海外で日本食を食べたいと思ったことは一度もないのだが,この時はほかの日本人に誘われたのだ.そこのメニューにはカタカナが書かれていたのだが,全く日本語になっておらず最初でたらめにキーを打ったのだと思った.しかしドイツ語メニューと比べると,ローマ字とカタカナが一対一対応していることがわかった.そこでさらによく見て店の人と話した結果,パソコンのキーボードをカタカナモードにした状態でドイツ語をタイプしているのだということであった.メニューの謎が判明してすっきりした.このほかに研究所のそばに中華料理と日本料理の合わさったバイキング形式の店があり,研究所の人たちがよく行っていた.日本料理とは言い難い味だったが,私もみんなと何度も行った.

この研究所には特に有名な数学者,物理学者を招いて一般向けの講演をしてもらうプログラムがある.私がいたときに Serre が講演していたことがあった.当時すでに80歳くらいだったはずだが元気に講演していた.これは一般とはいっても数学関係者向けの談話会のようなものだったが,Jones は本当に一般の人向けの講演をしていた.パソコンの写真に猫の画像が重なったものを出して,これが私の量子コンピュータです,この冗談は Schrödinger 研究所でしか使えません,と言っていたのをよく覚えている.

この研究所の廊下にはとても横に長い黒板がある.数学の研究所には黒板がつきものだが,ここではトイレの個室の中にも黒板がある.これはイギリスの Newton 研究所の,1階から2階に行くだけのエレベーターの中にある黒板と並ぶ珍しい黒板である.講義室には Boltzmann Hall という名前がついている.この部屋でスイスの物理学者がタバコを吸いながら講演していたのにはとても驚いた.さすがに今では許されないだろうと思う.

2010年にいきなり,今年限りでこの研究所は廃止,閉鎖になると政府が発表した.予算カットの一環だという説明だった.みんなで抗議しようという国際的反対運動が巻き起こり,私もオーストリア文部省あてに抗議のメールを出した.この研究所がいかに国際的に重要なものかを世界中から訴えた結果,廃止の方針は無事撤回された.研究所や学科が廃止になりそうになってみんなで反対運動をするというケースは世界中で起きているが,これは反対運動が成功した一例である.それまでは独立した研究所だったのだが,この騒ぎの後は,ウィーン大学の付属施設ということになっている.場所や研究所の中身はそれまでと同じままである.

2008年には私と Longo, Rehren, Yngvason がオーガナイザーとなって,作用素環と共形場理論の研究プログラムを4か月実施した.最初に研究所の方から我々にこの内容でプログラムに応募しないかと誘われたのである.私は東京での仕事もあるので3回に分けて滞在したが,Longo は全期間ウィーンに滞在していた.ローマから車を運転してきたと聞いてとても驚いた.かなり潤沢に予算があり,ワークショップ1回のほかに多くのビジターを招待することができた.作用素環だけではなく,頂点作用素代数の人もたくさん呼べて,良いプログラムだったと思う.

2010年春に行った際はアイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山の噴火にぶつかった.私はぎりぎりでフランクフルト経由で帰って来ることができ,私が乗った飛行機はフランクフルト空港発の最後の飛行機の一つだったが,一日後に帰ろうとしていたイタリア人たちは飛行機がストップしてみんな帰れなくなってしまった.二三週間待たされて,(値段が高騰した)レンタカーを借りてイタリアまで帰ろうという相談をしていたところでやっと飛行機が飛んだのだった.

多くの研究所での滞在費の支払いは,ホテルへの直接支払い,銀行振込,小切手郵送などだが,この研究所では到着時に現金で滞在費を手渡ししていた.私が行ったのはユーロになってからだが,その前はオーストリアの1,000シリング紙幣(約1万円くらい)には Schrödinger の肖像が描かれていて,これが一泊分の滞在費だったので,研究所の秘書たちは one Schrödinger per night と言っていたそうである.

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