イスラエルはこわくない?

私は2004年に量子群のコンファレンスでイスラエル北部のハイファを訪れた.私がイスラエルに行ったのはこの1回だけで,イスラエル事情には全く詳しくない.この話はその単なる個人的経験に基づくものである.

多くの日本人はイスラエルというと怖い,危ないところだと思うようだ.私は招待講演を頼まれてすぐにO.K.したのだが,いろいろな人からそんなところに行くのは危ないのでは,と言われた.当時の私のところのポスドクの一人からは真剣な調子で,「先生,危ないですから行かないでください」とも言われた.実際に行ってみるとオーガナイザーから,日本人はたくさん招待したのに来たのはお前だけだ,みんな危ないと思って怖がっているがここは安全だ,と言われたのだった.

イスラエルの国際空港はテルアビブにある.日本からの直行便はないのでウィーン経由で到着した.入国審査は特に厳しくはなかった.外に出てからは小さな乗り合いバンでハイファに向かった.この時同じ場所からベツレヘム行きのバンが出ており,おお,ベツレヘムだ,と思った.現在はキリスト生誕地として観光がメインの街のようだ.ハイファでは大きな高層ホテルに泊まった.

コンファレンス会場はテクニオン(イスラエル工科大学)の数学科だった.この大学には作用素環の知り合いがいるが,コンファレンスのテーマは量子群なので別の人たちがオーガナイズしていた.ホテルからはみんなでバスに乗って大学に行ったが,大学構内に入る時と数学科の建物に入る時と2回,金属探知機をくぐる必要があった.夕方に近所のショッピングモールに行ってみたが,ここでも建物に入る時に金属探知機をくぐる必要があった.電車の駅にもあったし,金属探知機はいたる所にあるようだ.

コンファレンスには遠足がついており,ガリラヤ湖に行くことになっていた.新約聖書にしょっちゅう出てくる有名な場所なのでぜひ行ってみたいと思ったが,日本で外せない用事があって早く帰らないといけなかったので,残念ながらガリラヤ湖には行けなかった.ほかにエルサレムも一度行ってみたいとずっと思っているのだが,これも残念ながら立ち寄っている時間はなかった.空港でエルサレムはこちら,というような表示を見ただけである.(テルアビブ空港から見てエルサレムは南東,ハイファは北である.) ハイファにはあまり大した見どころはないように思った.バハーイー庭園と黄金のドームというのが有名だそうだがこれは見ていない.

このコンファレンスには UCLA の Effros も来ていた.彼はアメリカ人だがユダヤ人でもあり,私が UCLA に留学していた頃ユダヤ教の祭日などにユダヤ教の帽子キッパをかぶっているのを見たことが何度かあった.敬虔なユダヤ人はいつもこれをかぶっているようだが彼はそんなにいつもというわけではなかった.彼は,若い頃にイスラエルに来た時,ユダヤ人なのだからイスラエルの大学に移って永住しないか,と誘われたという話をしていた.少し考えてみたがやっぱり断ったということだった.

イスラエルの数学研究水準は高く,有名な数学者もたくさんいる.私の専門の作用素環では超大物はいないが,このコンファレンスには 表現論などで著名な Kazhdan も来ていた.彼はロシア出身のユダヤ人でアメリカにわたってしばらく活躍した後,イスラエルに移住している.有名な業績が大量にある人だが,論文リストを見ると最初の論文が出版されたのは15歳の時,非常に重要な property (T) というものを導入した論文の出版は21歳の時である.なおこの property (T) は Connes が作用素環への応用を見出して以来,作用素環でも大変重要なものだ.Kazhdan は2013年秋の日本数学会の高木レクチャーに招待していたのだが,残念なことに交通事故でキャンセルになってしまった.

いろいろな人が言っていることだがイスラエルの出国手続きは厳しくいろいろな質問が出る.コンファレンスでもオーガナイザーから,ちゃんとコンファレンスのプログラムを準備しておいて,これに出ていたんだと言えるようにしておくように,と言われていた.実際に何しに来たとかどこに行ったとか詳しく聞かれ,機内持ち込みの荷物も厳重にチェックされた.入国審査よりずっと厳しかった.アメリカでは入国審査はとても厳しいのに,出国はまったくノーチェックなのとは対照的である.上述の Effros と一緒で,彼は自分はユダヤ人だからチェックが厳しくないのだと言っていたが,そんなことがあるのだろうかと思った.

この後しばらくして,あるジャーナルでイスラエルの知り合いにレフェリーを頼んだことがあった.締め切りが過ぎたのでその人に催促のメールを送ったところ,大学のあたりは爆撃されていたのでしばらく大学に行けませんでした,すみません,という返事が来た.ネットニュースで調べてみると実際にこの人の大学のエリアは何度もロケット弾で攻撃されているようだった.ハイファにちょっと行っただけでたいして危なくないなどと即断してはいけないのかと思わされた出来事であった.

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