Fields 研究所

Fields 研究所はカナダにある数学の研究所である.もちろん Fields 賞が有名なのでそれを作ったカナダの数学者 Fields にちなんで名づけられたものだ.1992年創設で,当初はウォータールー大学にあったが,1995年にトロント大学に移っている.私はウォータールー大学の時に3回,トロント大学に移ってから3回行ったことがある.

Fields 賞ができたのは1936年である.第2次世界大戦で中断したので定期的に授賞されるようになったのは1950年からだ.Fields は1924年の ICM (国際数学者会議)のトロント開催に尽力し,数学の賞を設立しようとしたが生きている間には実現できず1932年に亡くなった.Fields は失礼ながら数学的業績ではあまり有名ではないと思うし私も何も業績は知らないのだが,ICM (国際数学者会議)で3回の招待講演を行っており20世紀前半のカナダの数学で重要な人物だったのは間違いないだろう.彼はトロント大学で活躍したので,Fields 研究所も今はトロント大学に付属している.アメリカ数学会が出版している Fields Institute Monographs という本のシリーズがあり,その表紙に彼の肖像が使われている.

私が同研究所に最初に行ったのは1995年である.当時はウォータールー大学に仮設されたような感じだった.ウォータールーはトロントから100キロくらい離れており,トロント空港からシャトルバスに乗って行った.Fields 研究所もバークレーの MSRI などと同様,常時研究プログラムを開催してビジターを集めるタイプの研究所である.この年は半年程度の長さの作用素環の研究プログラムがあった.このプログラムがアナウンスされた段階では,研究所はトロント大学に移る予定で我々はトロントに行くという話だったのだが,移転が間に合わず,ウォータールー大学での開催となった.春に近い時期だったはずなのだがとても寒くて雪が降っており,最高気温がマイナスで,最低気温は-20度を下回るという状況だったのを覚えている.これが私の経験した気温の最低記録である.

このプログラムは長期滞在しているビジターがいて,ときどき1週間のワークショップがあってそれに合わせて世界中から参加者がたくさん来るというよくある仕組みだった.私はワークショップに合わせて3回行ったのだった.空港からウォータールーに直行したのでトロントには寄らなかったのだが,一度参加者の Haagerup がトロント大学のセミナーで講演するというのでみんなでトロントに行ったことがあり,このときは大学そばの中華街でみんなで食事をした.ウォータールーに比べてずいぶん都会だなと思ったのを覚えている.

このプログラムでは Ocneanu の連続講演が行われた.これは現在 α-induction と呼ばれている構成について,Dynkin 図形を用いた彼の図形的方法を解説したもので大変素晴らしいものだった.彼は論文は全く書かないことで知られており,彼の重要なアイディア,結果は講演を聞かないとわからない.彼が東大で1990年に行った連続講演も素晴らしいものでよく知られているが,この1995年のものも彼の重要な講演である.私はこの講演自体には参加できなかったのだが,これはビデオに撮られておりあとから見ることができた.今では講演をビデオに撮ってネット公開することはよく行われているが,この当時はかなり珍しい出来事だった.この講演については当時私の院生だった後藤聡史君が同研究所に長期滞在して出席しており,彼が取った記録が出版されている.

さてその後2007年にまた同研究所で作用素環の研究プログラムが行われた.今度はすでに研究所がトロント大学に移動した後だったので,私もトロントに行った.研究所は大学の敷地内に新しい立派な建物をもらっておりオフィスも快適だった.場所はトロント大学数学科のすぐ向かいの建物であり,大変便利である.このプログラムでは2回にわたってそれなりの期間滞在したのでトロントの街をよく見ることができた.トロントは人口300万人に迫るカナダ最大の都市であり大都会なのだが,大学は街の中心部まで歩いて行けるような場所にある.上に書いた中華街もすぐそばにあって,巨大で素晴らしいところだ.C*環の分類で有名な Elliott がトロント大学に長い間いるので同大学は作用素環の重要大学の一つである.量子情報に関連した業績で有名な Choi も同大学に長く勤めていたが現在は名誉教授である.(しばらく前に Choi が東大に来てセミナー講演した際に,量子情報の人が有名な Choi を見られてうれしいと言っていたことがあった.)

この2007年の時に数学科の方で,日本数学会の高木レクチャーのような名前のついた特別の講演があり,そこで Bhargava が3回続けて講演した.私はその時まで彼のことを全く知らなかったのだが,講演はとても初等的な話から初めて彼自身の最新の成果に持っていくたいへん素晴らしいものだった.ずいぶん若く見えるがすごい人がいるものだと思ったが,その後言うまでもなく,彼は2014年に Fields 賞を取った.

同研究所に一番最近行ったのは2019年である.これは作用素環の研究プログラムとは関係なく,トロント大学の Elliott のところに行ったのだが,同研究所のビジターという扱いだった.同研究所は Fields の名前がついているため,Fields 賞受賞者を集めて講演してもらうイベントを行っており,そのポスターが大々的に貼ってあった.11月だったのだが雪が降ってきてかなり寒かった.私の滞在先のホテルは研究所に紹介されたすぐそばの安ホテルだったのだが,入り口で4桁の暗証番号を打ち込むことになっており,それは各滞在者の携帯電話番号の下4桁だった.このホテルの滞在者の大半は同研究所のビジターなのだが,ホテルの人は数学者はしばしば4桁の暗証番号が覚えられないと言っており,そんなバカなと思ったのだが私も自分の番号を2回打ち間違えたのだった.

どうでもよい記事に戻る. 河東のホームページに戻る.