中華料理とパンダ

中国に行ったのは16回である.一度復旦大学でのセミナー講演のために行ったもの以外はすべて研究集会だ.中国は私の専門である作用素環の人はけっこういて隣国であるにもかかわらず,1997年まで行ったことがなかった.この年に上海の華東師範大学のコンファレンスに行ったのが初めてである.この時は大学の寮のようなところに泊ったのだが,大学の外も中もまだかなり貧しい感じが残っていた.大学の中に毛沢東の巨大な銅像があったことを覚えている.その後何度かぽつぽつと出張があった後,この10年くらいはしょっちゅう中国に行っている.

中国のコンファレンスはたいていみんなで同じ宿舎,ホテルに泊まり,食事も一緒に食べるスタイルである.私の経験ではそうでなかったことは一度しかない.丸テーブルで順番に食事が出てくる場合と,ビュッフェスタイルで各自が取りに行く場合と両方ある.当然食事は全部中華料理である.1997年の上海の時は安っぽい学生食堂のようだったが,その後各地でもっと豪華なものもいろいろ食べた.とても立派なものが食べきれいないくらいに次々出てきたことも何度もある.私は中華料理は好きなので大変ありがたいことだ.

北京周辺でのコンファレンスが何回かあり,そうすると向こうの人たちは万里の長城に連れて行ってくれるので,これまでに4回行ったことがある.最初は避暑地の承徳で開かれたコンファレンスの時に行った八達嶺,その後八達嶺にもう1回と慕田峪に1回である.あと1回はリゾート地の秦皇島から行ったずっと東の山海関で,一時はここが万里の長城の東端とされていたが,今ではもっとずっと東まで万里の長城とされているようだ.ああ,中国に来たなと実感できる経験である.北京では巨大な天安門広場も見どころだ.天安門は故宮と繁華街の王府井にもすぐ近くて,この辺りは見るものが多い.

天津の Chern 研究所にも2回行ったことがある.この名前は Chern (陳省身)にちなんだ名前である.彼の出身校である南開大学のキャンパスにある.最初は南開数学研究所という名前で Chern 本人が所長だったが彼の死後にこの名前になった.ノーベル物理学賞の Chen-Ning Yang (楊振寧)が始めた理論物理学部門もあり,研究所の入り口には Chern と Yang が話し合っている大きな壁画がある.中国出身者でただ一人のフィールズ賞受賞者 Yau は Chern の弟子であり,このため微分幾何学には有力中国人数学者がたくさんいる.

清華大学と北京大学がしばしば中国の大学のトップツーと言われる.この2つの大学は通りを1本隔ててごく近くにある.清華大学には上述の Yau が作った Yau Mathematical Sciences Center (丘成桐数学科学中心)があり,たくさんの予算を投じてどんどん人を雇っている.一方北京大学には北京国際数学研究センターというビジターを集めて研究集会を開く施設があり,こちらのトップは微分幾何の Tian である.彼は Yau の弟子だったのだが,この二人はいろいろ対立しており,ライバル心を燃やし合っているようだ.私が2011年に行ったときは北京国際数学研究センターは建設中でビルに仮住まいしていたのだが,現在は立派な中国風の建物ができている.

この清華大学は中国最南部の海南島に清華三亜国際数学フォーラムという研究集会を開くための施設を持っている.海南島は熱帯に属する中国最大の島である.2016年にここに行ったが12月にもかかわらず暑かった.施設は巨大で,この時は3つの研究集会が並行して行われていた.私の出た集会は小規模で20人くらいしかいなかったが,代数幾何の集会の方に知り合いの日本人が何人もいた.観光に連れて行ってくれた巨大な観音像が印象的だった.2020年にもここに行く予定だったが,コロナウイルスのため延期になってしまった.

初めて行った1997年から見ると急速な経済発展がよくわかる.昔見た,評判の悪かったドアなし公衆トイレなどはすっかりなくなった.特に北京や上海の高級なエリアはとても洗練されている.物価も昔は安いと思ったが,今はちょっとファッショナブルなところに行くと全然安くない.今でも中国の平均月収統計などを見るとかなり低いので,都市と農村の差などの経済格差が大きいのであろう.

中国ではネットが規制されており,Google その他つながらないサービスがたくさんある.中国に行くと普段自分がいかに Google に頼り切っているかがわかる.とても不便だと思ったので,数年前から中国に行くときは VPN を使うようにしており,そうするとなんにでもつながるが,それでも接続がとても遅いことがよくある.ある時は天安門事件の日(6月4日)だから規制が特に厳しくて遅いのだと言われたが本当なのかどうかよくわからなかった.

成都の四川大学でコンファレンスがあったときは,タクシーに乗って街のはずれにある成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地に行ってみた.タクシーの運転手には大熊猫繁育研究基地と漢字で書いたものを見せたら問題なく通じた.ここはその名の通り,パンダを繁殖させる研究を行っているところで200頭ほどのパンダを飼っている.私が小学生の時に日中国交回復があってパンダが日本にやって来て大人気で,上野動物園まで大行列で見に行ったことを覚えているが,ここではこれでもかというくらいにごろごろいるパンダをたっぷり見ることができたのだった.

どうでもよい記事に戻る. 河東のホームページに戻る.