バルセロナとカタルーニャ

スペインに行ったのは一度だけだ.2017年のバルセロナである.バルセロナ自治大学の中にある数学研究センター(Centre de Recerca Mathemàtica)で作用素環の研究プログラムがあり,講演しに行ったのだ.この研究センターにはバークレーの MSRIなどと同様,研究プログラムがあってビジターが外から来るというものもあるが,ほかに自前の教授陣や研究員もいる.バルセロナ自治大学は丘の上にあるが,ここは研究センターとは言っても数学科の建物の中の2階分ほどを占めているだけで,数学の研究所としてはほぼ最小規模である.スペインには私の専門である作用素環の研究者はごく少ないのでほとんど行ったことがないのだが,ゼロではなくこのバルセロナ自治大学にも知っている人が一人いる.

ここの研究プログラムのオーガナイザーの一人は東大に1年ずつ2回滞在したことのあるアメリカの Brown で,彼から案内が来たので行くことにした.研究所では最新の研究成果に関するセミナー講演のほか,若手のために入門講義4回もやってくれと頼まれたのでそちらもやった.参加している若手の多くは私の研究方向とは違っていて,私のやっているようなことについてはあまり予備知識はないということだったのでかなり基本的なことから順番に解説した.数学とは関係ないがこの時珍しかったのは黒板である.「黒板」と呼んでいるが,現在日本のたいていの黒板は緑色だ.海外には本当に黒い黒板がたくさんあるが,この研究所の黒板はかなり鮮やかな青色だった.ここまで青いものは他では見たことがなかった.

大学キャンパス内の宿舎に泊めてもらっていたのだが,週末にバルセロナ中心部に行ってみた.バルセロナと言えば何と言っても一番有名なのはサグラダファミリアである.アントニ・ガウディの作品群として世界遺産に登録されているものの一つだ.独特の外見が有名だが中もたいへん美しく,青や緑のステンドグラスがきらびやかである.いつまでも建築が続き未完のままであるということでも有名だが,最近では2020年代中に完成すると言われているようだ.他にグエル公園,カサ・ミラ,カサ・バトリョなどもこのガウディ作の世界遺産の一部である.どれもちょっと見ただけで普通でないことがわかる独特のくねくねした外見が特徴的である.他にバルセロナゆかりの有名人と言えばピカソである.ピカソはスペイン出身で10代後半からバルセロナに住み10年近くを過ごした.そのため旧市街にピカソ美術館がある.ここには超有名作品はないのだが,子供の頃の作品から始まり,青の時代,薔薇の時代などのものも多い.ピカソと言って普通に思い浮かべるようなものとは違う,若い頃の写実的な作品もかなりある.

バルセロナは地中海に面した海辺の街であり,メインのランブラス通りを歩いていくとそのまま海に出る.海に面したところには,コロンブスが海上遠くを指さしている有名な塔がある.その途中に巨大なサン・ジョセップ市場があり,いろいろな食品が売られている.特に生ハムが素晴らしかった.小さく切ったものをカップに入れて200円くらいで売っているのだがとても美味しいのだ.日本に持って帰りたいと思ったが,動物検疫に引っかかって個人では持ち込めないようだ.スペインやポルトガルではタコもよく食べるが,この市場でタコの切り身を売っていてこれもよかった.食べ物と言えば,ピンチョスと呼ばれる,具材に串を刺したものが有名である.スペインのバスク地方が発祥の地と言われ,パンに乗っているものも多い.私の行ったバルでは並んでいるピンチョスを自分で自由に取って食べ,後から串をレジに出してそれに応じて値段を払うという方式だった.おつまみとも言えるが,味,量ともにピンチョスで十分な満足が得られる.

スペイン料理と言えばパエリアも有名である.イカ墨のパエリアを食べたいと思ったが,パエリアは大きなフライパンで作るものなので一人用の料理ではない.しかし観光地に行けば観光客向けの一人パエリアを出している店があるので,海沿いのそういうところに行って,無事イカ墨パエリアを一人で食べることができた.ご飯は完全に真っ黒であった.昔パリで食べた大皿のシーフードパエリアを思い出した味だった.

最初にバルセロナ空港に着いた時,いろいろな掲示が三つの言語で書いてあった.一つは英語だが,後の二つはよく似ており,どちらもスペイン語に似て見えた.どちらかがスペイン語であることは間違いないが,もう一つは何だろう,隣の国のポルトガル語も書いてあるのだろうか,と思ったところ,それはカタルーニャ語であることが後でわかった.バルセロナはカタルーニャ州の州都である.カタルーニャ語はスペインの地方公用語という位置づけだそうで,私から見ると方言のようなものでは,と思ったがけっこう違うもののようだ.そう言えばカタルーニャ独立運動は大きな話題になっているのであった.私がバルセロナに行ったのは2017年5月だったが,この年の秋にはカタルーニャ独立住民投票とそれに続く議会のカタルーニャ共和国独立宣言で大混乱になっていた.地方議会が公式に独立を宣言し,中央政府がそれを阻止するため自治権を停止したとは相当な事態である.ヨーロッパでは様々な地方で独立運動が起きているが,バルセロナはその最も強力な拠点の一つなのであった.日本の jp にあたる,スペインの国別コードトップレベルドメイン名は es なのだが,上述の数学研究センターのアドレスの最後は cat である.これは3文字あって国別コードトップレベルドメインではないのだが,カタルーニャ語話者のためのドメインということだ.es を使わないことに何かこだわりがあるのであろう.しかしこの綴りがたまたま cat なので,猫好きの人たちがこれをを使いたがるということが起きていて,猫関連のサイトがいくつも cat ドメインに作られているのだそうだ.

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