バンフ国際研究ステーション

カナダ西部の観光地バンフにバンフ国際研究ステーションという数学の研究所がある.2003年にドイツのオーべルヴォルファッハ数学研究所をまねして作った同様の施設で,やはり毎週世界中から人を集めて研究集会を開いている.私がここに行ったのは5回である.

オーべルヴォルファッハと同様バンフも最寄りの空港からはかなり遠い.バンフの最寄り空港はカルガリーであり,そこから十数人乗りのシャトルで二時間ほどかけてバンフに向かうことになる.全くの田舎のオーべルヴォルファッハとの違いは,バンフは有名観光地で国立公園だということだ.研究所は少し高い位置にあるのだが,町まで歩いて降りることができ,中心部には観光客向けの土産物店やレストランがたくさんある.大橋巨泉の店というのもあった.近所一帯がカナディアンロッキーの中にあり,温泉も近所にある.冬には軽くマイナス10度を割り込むようだが,私はそんなに寒い時期に行ったことはない.雪が降っていたくらいのことはあるが.

研究集会の会場は小さな講義室である.オーべルヴォルファッハは数学専用に最初から作られているので巨大な黒板が6面あるが,こちらの黒板はかなり小さく数学にはあまり便利ではない.数学専用の場所でないところで数学の講演を行う時にいつも問題になることである.あとはこちらは講演の録画を撮ってネットで公開していることが違う.たとえば私のものはここにある.またオーべルヴォルファッハには充実した図書室がついているが,こちらには何もない.単に講演する部屋があるだけである.あとは議論するために黒板のついた小さな部屋がいくつかある.

一帯がビジターを迎えて様々な活動を行うための巨大施設であり,数学のために使っているのはその一部である.食堂も他の施設と共用なのでとても大きい.私が最初に行った頃と最近では場所が違っているが,今は高い階にあってとても眺めの良いところが食堂である.ビュッフェスタイルで,自由に食べ物を取れるようになっている.特にカナダらしさを感じたことはないが,そもそも何がカナダ料理なのか私がよくわかっていないからかもしれない.サラダもたくさんの種類が豊富にある.

宿舎も他の施設と共用だが,ホテルのような立派な部屋の大きなベッドに泊れる.ただしシャワー,トイレは二部屋に一つなので他の参加者と共有になる.これはあまり評判がよくなく,各部屋にシャワー,トイレがついているオーべルヴォルファッハと比べて悪い点と言われることもよくある.前に参加者向けの宿のアンケートがあったが,この点が最もよくある不満だったと聞いた.

本家のオーベルヴォルファッハ数学研究所には Research in Pairs というものがある.これが Research in Paris に見えると言った人がいるがそれはともかく,この趣旨は数学者のペアを研究所に招待して宿舎と食事を提供し,2〜4週間の間研究に専念させるというものである.「ペア」と呼んでいるが実際には4人までO.K.である.あんな田舎にこもって数学に専念するというのも大変な気がするが,その分研究ははかどるのであろう.バンフ国際研究ステーションでも同様のものがあるのだが,こちらはペアではなくチームでの滞在が可能であり,人数をさらに増やすことができる.私が2006年に行ったときは8人で2週間だったと思う.作用素環の人たちと,頂点作用素代数の人たちが集まって共形場理論について議論して,良い経験だった.

研究集会は月曜から金曜までだが,金曜の昼にはもう解散になる.私はいつもサンフランシスコ経由の飛行機を使うので,金曜日のうちにサンフランシスコまで行ってしまってそこで一泊するか,カルガリーに一泊して土曜日の朝とても早く出るかである.どちらの場合も街を見る時間的余裕はほとんどなく空港そばのホテルに泊まるだけなので,残念ながら私はカルガリーの街を見たことは一度もない.

2006年のリサーチ・イン・チームの滞在の際には並行して数論の集会が開かれており,そちらに Elkies が参加していた.彼はハーバード大学史上最年少教授(26歳で就任)として有名な人だが,そのほかに音楽,チェスの才能でも名高い.私が会った時には会場にあった古くて痛みかけたピアノで遊ぶようにしていた.鍵盤をいくつか叩いていたのだが,複数の鍵盤は音が明らかにおかしかった.そこで彼はおかしい鍵盤を除いたものだけを使って作った即興曲を演奏する,と宣言してその通りに弾いて見せたのだった.私は音楽には全く詳しくないのできちんと説明できないが,何か古い宗教音楽のような典雅なメロディーだった.噂にたがわずすごい人だと思ったものである.

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