アジア数学コンファレンス

ヨーロッパ数学会は European Congress of Mathematics (ECM) という大規模国際会議を4年ごとに開いている.2020年にスロベニアで第8回が開かれる予定になっていたものが,コロナウイルスのため2021年に延期されてオンラインとなったが,かなり知名度や格の高いものになっているようだ.数学界最大のイベントでフィールズ賞が授与される4年に一度の International Congress of Mathematicians (国際数学者会議,ICM)のヨーロッパ版という位置づけである.アジアにもこれに対応して Asian Mathematical Conference (アジア数学コンファレンス,AMC)というものがあるのだが,ECM に比べ,あまり広くは知られていないと思う.私はこれに3回出席したことがあり,4回目も2020年にベトナムに行くことになっていたのだが,コロナウイルスのため1年延期の後中止になったのだった.

アジアと名前がついているが,主催しているのは Southeast Asian Mathematical Society であり,この通りに東南アジアが中心となっている.日本,中国,韓国なども参加はしているがあまり中心的な役割は果たしていない.これが日本で AMC があまりよく知られていない理由の一つであろう.ECM は1992年のパリが第1回であったが,AMC はそれより早く,1990年の香港で始まった.最初は5年ごとに開いていたのだが,間隔が途中で変動し,7回目のインドネシア(2016年)からは4年ごとに開くと決まった.私が出席したのはシンガポール(2005年),マレーシア(2009年),韓国(2013年)での AMC である.最初にシンガポールに招待されるまでは私は AMC についてよく知らなかった.その状態で参加したのだが,けっこう有名な人が来ていてレベルの高いものだなと思った.日本からの全体講演者は柏原正樹氏で,私を含む多くの日本人がセクション講演者として来ていて私の元同級生の中島啓氏,小林俊行氏も講演者だった.シンガポールは初めてだったがいいところだと思った.世界3大がっかりの一つ,マーライオンもこの時初めて見た.数学と関係ないこととしては,会場の冷房が強烈にきつくて,赤道直下の熱帯なのにとても寒かったことが印象に残っている.

2009年のマレーシアでは,会場はクアラルンプールのコンベンションセンターであった.私の講演は全体講演で,巨大な会場に1,000人以上の聴衆がぎっしり詰まっていた.これが私のこれまでの講演で最大の聴衆である.マレーシアには作用素環の知り合いが一人いるのだが,その人から頼まれてこの AMC で作用素環のスペシャルセッションを開くことになった.他のセッションの名前は純粋数学,応用数学,統計学,数学教育というような非常におおざっぱなくくりだったのに,これとパラレルに作用素環という題名のスペシャルセッションがあるのはかなり変な感じだったが,我々が招待した人たちはちゃんと参加してくれて,このセッションだけで通常の国際コンファレンスのようだった.会場はクアラルンプール中心部に近く,街へ出てドリアンを食べたりして過ごした.全体講演者と主催者の特別ディナーはツインタワーの高層階のレストランで開かれ,とても豪華なものだった.この AMC の委員会で次回2013年は韓国の釜山で開かれることが決まった.私はこの委員会に日本数学会の代表として参加していたのだが,韓国の招致プレゼンテーションは大変立派なものだった.

韓国では2013年の AMC は,その次の2014年に予定されていた ICM の練習台のような位置づけで,そのためお金もたっぷりつぎ込んだ豪華なものだった.これに先立ち,ソウル大学の知り合いの作用素環の教授から作用素環のセッションを作りたいのでオーガナイザーの代表になってほしいと頼まれた.公式の題名は少し広めに「関数解析とその応用」ということにして,メインの講演者を日中韓から7人選び,さらにそのほかにも多くの参加者を募ったので,我々のセクションだけで一つの国際コンファレンスのようだった.AMC の会場は釜山の海辺の観光地で,ほかの参加者と食べに行った焼肉も立派なものだった.AMC 本体では日本からは斎藤毅氏と望月拓郎氏が全体講演者で,ほかにすでにフィールズ賞を受賞していた Ngô も全体講演者を務めるなど,有名な人が多く参加していた.ほかに各セクションでも,オーガナイザー,講演者として多くの日本人が参加していた.

2016年の AMC はインドネシアのバリ島で開催され,日本からは小沢登高氏が全体講演者として参加したが私は参加していない.ほかにはなぜかアジアとは関係ない Hairer も全体講演者を務めている.その次の2020年はベトナムのハロンで開催される予定だった.私は日本数学会の用務があって出席することになっていたのだが,コロナウイルスのためまず1年延期になったあと,さらに中止になってしまった.ベトナムには行ったことがないのでいい機会だと思っていたのだが残念である.

2009年にマレーシアの AMC に招待されたとき,招待状に飛行機代は先方で払いますと書いてあった.数学のコンファレンスでは招待講演でも,飛行機代は講演者が自分の研究費で払い,現地滞在費はオーガナイザーが払うというパターンが多いが,特に重要な講演だとか,オーガナイザーが潤沢な予算を持っているなどの理由で先方が飛行機代を払ってくれることもある.私の講演は全体講演だったので,飛行機代を払ってくれるというのもまあもっともなことだと思った.ところが実際はマレーシア数学会にはあまりお金がないので,サポートしている日本数学会に,河東を招待したのでその飛行機代を日本数学会で払ってください,と頼んだのであった.日本数学会ではこれについて検討したが,あいつはたくさん研究費を持っているから払わなくても大丈夫だ,ということになったそうで,ある日たまたま私が日本数学会の理事長に会った時,君はお金たくさん持ってるからマレーシアの飛行機代いらないよね,と言われたのだった.私は事情がよくわかっていなくてなぜ日本数学会がマレーシアの飛行機代のことを言ってくるのかわからなかったがまあ研究費で払うことは可能だったので,はいと答えて実際に自分の研究費で払ったのだが,こういう事情なのだと知らされたのだった.

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