作用素環と対称性

私の専門は数学の中の作用素環論と呼ばれる分野である.中でも, フォン・ノイマンが量子力学に関連して研究を始めた, フォン・ノイマン環と呼ばれるものを研究している.一般に代数系が2つあって, 片方がもう片方に含まれている状況を調べることは,数学では昔から行わ れており,特に代数学でのガロア理論が古くから有名である.このガロア 理論の類似をフォン・ノイマン環とその部分環に対して研究することは,かなり前から 行われていたが,1980年代前半のジョーンズの研究によって,状況が劇的に 変化した.ジョーンズはこの研究を通じ,それまで数学の中でも全く 別の話題と思われていた,結び目の理論との意外な関係を発見し,それに よって1990年のフィールズ賞を受賞したのである.作用素環論は無限次元の 代数的構造を扱う理論であり,結び目の理論は素朴には,3次元空間内での 紐の絡ませ方を研究する理論であるから,ジョーンズ以前にはこの両者が 関係しているなどとは誰も考えていなかったのである.

数学ではある種の対称性を記述する言葉として,群の概念が極めて有効であ ることは古くから知られており,ガロア理論もその一つの例である. ジョーンズの理論においてもやはり,対称性を記述する代数的 概念が現れるのだが,それはもはや普通の群ではなく,群を拡張した概念 を考えなくてはいけないことが,1987年オクニアーヌによって見出され, paragroupと名づけられた.ここで"para"とは「もどき」を表す接頭語である. この種の一般化はしばしば量子化と呼ばれている.群の概念の量子化としては 量子群と呼ばれるものが非常に有名であるが,paragroupはそれとは 別の概念である.

数学の問題としては,普通の群ではないparagroupがどのくらいあるか,と いうことがすぐに考えられる.量子群の理論を使うとそのような例は たくさん作れるのだが,上でparagroupと量子群は違うと書いたばかり なのに,具体例の作り方で量子群の理論に頼っているのでは情けない.そこで, 普通の群でも量子群でもないparagroupはどのくらいあるか,と言う問題が 考えられる.「量子群でもない」という部分をきつく解釈すると,これは とても難しい問題で,さまざまな状況証拠からそのようなものは非常にたくさん あると思われるのだが,これがそうだ,という具体的な例はハーゲラップに よる1991年の例一つだけ,と言う状況が今年まで続いていた. ハーゲラップはその他にもこれらがありそうだ,という候補のリストを 1991年に示していたのだが,それらが本当に存在するかどうかを決定するのは 難しく,進展がないままだったのである.今年に入り,私のところの 修士2年の浅枝雅子さんがこの問題に取り組み,ハーゲラップと共同で, そのリストの中でもっとも奇妙に見えるものが実際に存在することの 証明に成功した.これが突破口になって,paragroupの理解がおおいに 深まることを期待している.

数理科学研究科・河東泰之

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