インチキジャーナル

金儲けのためにいい加減な審査で出版している学術ジャーナルが最近よく話題になる.英語では predatory journal と呼ばれており,predatory とは略奪する,搾取する,といった意味だが,最近はハゲタカジャーナルという日本語名がよく使われているようだ.

こういうジャーナルはレフェリー付きを自称しているが,ほぼ無審査で論文を載せてしまう.そして掲載料を取ってもうけるのである.どんなにおかしい「論文」でも載ってしまうということがよく話題になる.そもそも数学では論文掲載料は(オプションとして自分で選んでオープンアクセスにしない限り)無料というジャーナルがほぼすべてなので,掲載料を要求してくる時点で警戒が必要である.(私はこれまで一度も論文掲載料を払ったことはない.) こういうインチキなところからうちに投稿しませんかというメールが毎日来るが,もちろん無視するに限る.まともな雑誌がこういうメールを送ってくることは少ないので,すでに自分が知っているジャーナルや知り合いがやっているジャーナルでない限り相手にしないのが一番である.少しでも疑問があれば誰かに相談することだ.もっとひどい偽ジャーナルだと,勝手にあなたの論文をアクセプトしました,お金を払って下さい,というメールをばらまくということさえあるようだ.さらに実在するジャーナルの名前をかたって偽のアクセプト通知でお金を払わせようとするものまで見たことがある.

他にインチキジャーナルと言えば,エディターにしてあげますというメールがたくさん来る.普通のエディターのほかに,特集号のゲストエディターのこともある.なぜかよく履歴書を送ってくださいと書いてある.すごいところだとほぼ全科学分野にわたって100以上のジャーナル名があって,どれでも好きなジャーナルのエディターにしてあげるので選んでくださいというのもあった.エディターになるのにお金を払うということはないはずだが,割引だと言って有料の投稿を誘う,ジャーナルをエディターの大学の図書館に買わせるといったことが目的と思われる.こういうものに刺激を受けるのか,逆にエディターになりたいのでよろしく,と言って自薦で履歴書を送ってくる人がけっこういる.もちろんまともなジャーナルでそんなものを受け付けるはずはないので即座に却下である.

ちょっと違うが同類のものとして,インチキ出版社がうちで本を出してあげましょうというのもある.それなりに調査していて,ちゃんとこちらの論文のテーマなどを書いてきて,この内容について本を書いてくださいと言ってくることもあるが,これも金を払わせることが目的である.まともな出版社は常に本を書いてくれる人を探しており,まともな内容の原稿を準備できるならば本を出版することはそれほど難しくないので,このようなインチキ出版社を相手にする必要は全くない.なぜかちゃんとした人でもこういうおかしなメールに引っかかりそうになることがあるようだ.

このようなものに騙される人がいるということは,このようなインチキジャーナルの論文でも業績になるということなのだろうか.まともな数学者がまともに業績審査すれば,インチキジャーナルであってむしろ載っている方が恥ずかしいものであることはすぐにわかる.あるいは単に論文何本が必要,といった形式的な基準を設けているところへの対応なのかもしれない.数学に関する限り,世界のメジャー大学でそういう数値的な基準を設けていることはないはずだ.そういう基準は,自分たちには業績をまともに判断できる能力がありませんと言っているようなものだと思う.

また少し違うが同類のものとして,インチキコンファレンスもある.あなたを講演者としてコンファレンスに招待します,と言ってくるものだ.招待されたのならタダ,あるいは旅費や滞在費を払ってくれるのかと思うと,参加費を請求してくるのだ.そうやって金をとることが目的である.このようなメールも毎日のようにたくさん来る.全然数学でないテーマが書いてあることもよくある.あるいは私の実在する論文題名が書いてあり,これについて講演してくださいと言ってくることもある.金だけとって実際には開かれないものもあるし,一応コンファレンス自体は開くものもあるようだ.これも基本は,自分が全然知らない種類のものであれば疑ってみる,不安があればだれかしかるべき人に聞く,ということである.こういうもののオーガナイザー,講演者として,ちゃんとした人の名前が載っていることもあるが,よくわからないで騙されているのかもしれないし,勝手に名前を使われているのかもしれない.

これらのほかに,数学や科学に限定されたものではないが,Who's Who (名士録)の商売もある.あなたが名士録に掲載されることになりました,と言って本を売りつけようとするのだ.これは上のものほど多くはないが,それでも結構メールが来る.もちろんすべて無視しているが,ときどきこの類に引っかかったのか,自分がこれこれの名士録に載りましたなどとウェブで書いている人がいて複雑な気分になる.

まともなジャーナルと完全におかしいジャーナルとの間には当然様々な段階がある.ある出版社はまともなジャーナルも出しているが,ちょっと怪しい(しかし完全におかしいわけではない)ジャーナルをたくさん出版している.そこのあるジャーナルからレフェリー依頼が来たのだが,1週間でレフェリーしろと書いてある.数学では異例の短さで,まともにレフェリーすることを期待しているとは考えられない.(証明が正しいかどうかはチェックしなくてよいので価値があるかどうかだけ早めに判定してください,というのはあるが,これはそうではない通常のレフェリー依頼である.) まったくレフェリー手続きをまともにやる気がないと思ったので,レフェリーは断ります,そちらのジャーナルのレフェリー依頼は今後も引き受けないので私に送らないでください,と返事した.しかしその後もそのジャーナルからは何度か依頼が来る.そのたび断っているが全くいい加減なジャーナルである.なおこのジャーナルにはとても高いインパクトファクターがついている.

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