数学論文データベース MathSciNet

学術論文データベースとして広く使われているのは Web of Science と Google Scholar だと思うが,数学で最も使われているのはアメリカ数学会の MathSciNet である.戦前から活字で続いていた Mathematical Reviews をオンラインにしたものだ.Reviews という名前がついている通り,各論文に内容紹介がついている.かなりマイナーなジャーナルもカバーしているし,本やコンファレンスのプロシーディングスも載っており,数学研究のために必要な文献はほぼカバーされていると言ってよい.前は各論文の引用回数は数えていなかったのだが,2000年代の早い時期に数えるようになり,そこからさかのぼって1990年代半ばから後の引用回数が数えられている.本やコンファレンスのプロシーディングスに対する引用も数えることとプレプリントに対する引用も出版後にさかのぼって数えるのが Web of Science と異なっている.後者についてはたとえば,私の2015年のプレプリントがその年のうちに出版論文で引用されて,プレプリントの方は2018年になってから出版されたものがあるが,これもちゃんとさかのぼって数えられている.数学業界ではこれがみんなが使う基本的なデータベースなので,引用回数を数える時も多くの人がこれを使う.数学論文しかカバーしていないので,他の分野の論文や著者とまぎれることがないこと,同姓同名の著者もちゃんと区別していて,たとえば Hiroshi Suzuki という名前をクリックすれば本当にこの鈴木さんが書いた論文だけが出てくることがメリットである.改姓などで名前が変わった場合でもちゃんと同一人物の判定が行われている.ジャーナルの Impact Factor とは,2年分の論文当たり平均引用回数に基づくランク付けの数字だが,同様の方法(ただし5年分の引用を数える)に基づく Mathematical Citation Quotient (MCQ) というものが計算されており,これを数学ジャーナルランキングの参考にする人はけっこう多い.

これは有料データベースである.小規模大学ではなかなか払えないくらい高いという話だ.そのため契約している大学のネットワーク外(例えば自宅のノートパソコン)からだとつながらない.これはかなり不便で特に最近の在宅勤務だと困ってしまう.この対策はコロナウイルス以前からちゃんと考えられており,ノートパソコンやスマホを契約している大学のネットワークにつないだ状態で MatshSciNet にアクセスし,右上の remote access という地球アイコンをクリックして手続きするとそのデバイスから90日間アクセスできるようになる.これでどこからでもつながるようになるので圧倒的に便利である.私はこれをほぼ毎日使っている.

レビューとは言ってもたいていの場合は内容の要約のようなものが載っているだけである.Important とか interesting とか書いてあることもあるが,crowning achievement などと書いてあると,おお,すごいな,と思う.逆に,こんなことをやって何の意味があるのかわからないと書かれてしまうこともある.時には主結果が間違っていると書かれることがあり,みんなが見るものなのでダメージが大きい.本当に間違っていればしかたがないが,そうでない場合は大変困ったことになるので,反論すべきである.反論が通れば内容は REVISED という注意書きとともに修正される.実際に間違っているというレビューを撤回させた例は知っている.ほかにも引用文献リストの脱落,引用文献のカウントミス,同姓同名著者の分類ミスなどは,おかしいと言えば迅速に修正されるので,自分に関わる間違いがある場合はすぐに申し出るべきである.

数学分野の分類には MSC (Mathematics Subject Classification)と言うものが使われており,数字2桁+英字+数字2桁で分野を表している.たとえば私の専門である,Jones の subfactor 理論は46L37である.最初の46Lまでが作用素環を表している.メジャーな分野は最初の2桁で分野を表しており,たとえば偏微分方程式は35, 確率論は60であるのに対し,46は関数解析であって作用素環はその下部分類の46Lなのは,昔に決めたこととはいえ,ちょっと残念である.なおこれは何年かに一度ずつ,新しい分野を追加しており,たとえば作用素環的量子群の46L67は2020年に追加されたものである.

記録を見ると私は1993年(博士号取得から4年後)に始まってこれまでに221本のレビューを書いている.レビュー依頼はどんどん来て,ちょっと油断しているとたちまち4, 5本たまってしまう.内容的にはかなり適切に私の専門に近いものが選ばれていると思うが専門外のものが送られてくることもある.その場合には即座に断ることにしている.締め切りは8週間以内である.私はジャーナルのレフェリー依頼については,遅れるといろいろな人に迷惑がかかること,ふだんはエディターとして遅れたものを催促することが多いことから,必ず締め切りを守るようにしており,一度も締め切りを破ったことはないのだが,MathSciNet の方は遅れてもそこまでの実害はないかな,と思ってしまいしばしば遅れがちである.

ドイツではもっと前から Zentralblatt MATH という名前で同様のサービスが行われており,現在は zbMATH という名前になっている.現在の運営母体はヨーロッパ数学会などである.分野分類コードの MSC は MathSciNet と同じものが使われており,体裁や引用文献のカウントなども大体は MathSciNet と同様である.これまでは MathSciNet に比べて影が薄かったと思うのだが,2021年から無料化されて誰でも使えるようになったので,これからはこちらの影響も強くなってくるかもしれない.

Erdős 数というものがある.Erdős は20世紀全体にわたって活躍した超多作のハンガリー人数学者で,彼と他の学者の間の共著関係に基づく距離を測るものである.Erdős 本人の Erdős 数は0,Erdős 数 n の人と共著論文がある場合は Erdős 数は n+1 以下,という関係で定まる最小の数字がその学者の Erdős 数である.Erdős は共著者の数が極めて多く,その範囲もとても広かったので,多くの数学者は(一度も共著論文を書いたことがないのでない限り)比較的小さい Erdős 数を持っている.これは半ば冗談で始まったものだと思うがよく広まっているものだ.私の Erdős 数はずっと4だったのだが比較的最近ハンガリー人の共著者のおかげで3になった.今後2にすることは無理だと思う.MathSciNet ではこの Erdős 数を調べることができ,さらに任意の2人の数学者間の共著関係による距離も同様の原理で調べてくれる.しかしこれには問題があって,数学の論文とは言えないものまで共著論文にカウントされてしまうのである.たとえば私から Wiles への距離を調べると4と表示されるのだが,それは Notices Amer. Math. Soc. に出た多人数著者による ICM-90 の報告がカウントされているからである.MathSciNet にはこのような,数学論文ではない記事も載っているのだ.こういうものを除いてこの距離をカウントしてくれないかと前から思っているのだが,そうはなっていないようだ.

どうでもよい記事に戻る. 河東のホームページに戻る.