入国審査

外国に入国する際には入国審査がある.その厳しさは国によって大きな違いがある.一番いい加減だったのは EU 統合をする前のフランスである.日本のパスポートの表紙を見せればO.K.で中を開いてみることさえなかった.何のスタンプも捺していない.有効期限が切れていようが他人のパスポートだろうが大丈夫だと思ったものだ.すぐ隣のイギリスは概してずっと厳しい.大学やコンファレンスに行くのに招待状を出せと言われたことはよくあるが,一度は数学者だと言ったところ,その証拠を出せと言われたのだった.困ったがちょうど自分の論文を印刷したものを持っていたのでそれでO.K.だった.イギリスはこういう調子なので時間がかかる.一度ドイツから帰るのにロンドン乗り換えで5時間待ちということがあり,その間に街中まで行ってロンドン見物しようとしたのだが,入国審査で長時間待たされてほとんど街まで行っている時間がなくなってしまった.かまわず電車に乗ってロンドンに向かったが,ロンドンにいられたのは15分くらいだった.

アメリカはおそらく一番審査が厳しい国の一つで,いろいろなことをチェックされる.昔,友人で学生ビザを持っている人が学期の合間に短期入国しようとしたことがあった.大学に行くのではないのに学生ビザで入国することはできない,観光ビザが必要であると言われて罰金を取られたのだった.(当時は観光でもビザが必要だった.) 入国審査官はこういうものを摘発すると自分のポイントになるのだそうだ.これに対しアメリカ出国は全くのノーチェックでパスポートにスタンプを捺すこともない.偉大なアメリカに来ようとする奴らは厳重にチェックするが,出ていく奴らのことなど知ったことではないということだろうか.

インドはビザの規制が複雑である.面倒だから観光ビザで入国してしまえ,と先方から言ってくることさえある.2年前にインドに行ったとき,インド側の研究所の言う通り,研究ビザというものを申請した.しかし私の入手したビザにはS-5というスタンプが捺してあり,ネットの説明によるとこれは学生ビザだという.東京のインド大使館に本当にこれでいいのかと確認したのだが,その下に作用素環の研究のためインドを訪問すると書いてあるからこれでいいのだ,という.インドの研究所の人もこれは何かおかしいのでは,と言うのだが発行しているインド大使館がこれでいいという以上信じるしかなかった.入国審査の時少し心配したのだが,審査官は何も見ないで入国のスタンプを捺してくれたのだった.

10年以上前にドイツに行った際に,私の研究費ではない外部資金で飛行機代を払ってもらったのだが,ビジネスクラスで切符を買ってよいと言われたことがあった.ありがたくそうして,成田のゲートでルフトハンザのボーディングパスを出して機械にかざしたところ,ピンポーンと音がした.何かエラーかなと思ったら係の人が飛んできて,新しい切符をご用意いたしましたのでこちらをお使いください,ファーストクラスでございます,と言ったのだった.勝手にアップグレードされたのである.何もしていないのに勝手にエコノミーからビジネスクラスにアップグレードされたことは何度もあるのだが,ファーストクラスでそうなったのはこのとき1回だけである.この切符でフランクフルト空港から入国したのだが,その際ファーストクラスの客専用の入国審査カウンターというものがあることを知った.特別の通路を案内されて,並んでいる客はゼロで即座に入国スタンプを捺してくれたのだった.

20年くらい前,シカゴからアメリカに入国した際,何しに来たかと入国審査で聞かれたので,数学のコンファレンスに出ると答えた.お前は数学者なのかと聞かれたのでそうだと答えると,数学の中での専門は何かと聞かれた.これは偽物なら答えに詰まるはずだということから聞いているのであって,答えの内容が問題になるのではない.入国審査でこういう質問はよくある.作用素環でも数理物理でも共形場理論でも何と答えてもよかったのだが,どうせわかるはずはないのだから,なんとなくちょっと広めに言っておくかと思い,関数解析と答えた.すると次の質問が最大級の衝撃だった.Banach 空間の定義を言ってみろ,と言われたのだ.完備ノルム空間だが... と言いながら驚いて入国審査官を見つめると,笑いながら,自分は昔数学の大学院に行っていたのだ,と言われた.なぜ数学の大学院に行っていた人が入国審査官をやっているのかはわからなかった.

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