東本願寺

私のところで2017年に博士を取った Yul Otani (大谷裕)君は,数百万人の信徒を抱えて東本願寺を本山とする真宗大谷派の新門(トップ後継者)である.去年(2020年)正式にこの座についたとき,新聞などに写真入りでいくつも記事が出た.当然私の元学生中で最高の有名人である.(だからこの記事も本名を出して書いている.) なぜ東大で数学の博士を取ってこういうことになっているのかは次の通りである.

彼は日系ブラジル人である.当初,サンパウロ大学出身で日本政府の国費外国人留学生として東大に留学したいという話が来た.いくつか数学の問題を送って解いてもらったところ,ちゃんとできるようだったので私のところで受け入れることになり,修士課程1年に入学した.彼は日本語はそこそこ話せるのだが,英語の方が得意ということで私はいつも英語で話していた.東大数理ではほかの学生と一緒に作用素環論とそれに関係する数理物理学を学んで研究者を目指していた.ある時,親戚からお坊さんになるよう言われて大変だという話を聞いた.あまりに意外な話で全然理解できなかった.英語で話していたので,何か英語が通じていないのではないかと思ったほどであるが,これが驚くべき転身の始まりであった.

浄土真宗は鎌倉時代に親鸞が開いた宗派である.親鸞の娘,覚信尼の子孫が大谷家として代々本願寺トップの座について来た.覚如,蓮如などが著名である.その後江戸時代が始まる頃に本願寺は東西に分裂し,今も京都駅北側に東本願寺と西本願寺が立っている.どちらも大谷家の子孫がトップの座を占めており,東本願寺の方が真宗大谷派,西本願寺の方が浄土真宗本願寺派と名乗っている.大谷君のおじいさんは東本願寺の側の大谷家の一員だったのだが,後継ぎではないということで日系ブラジル人に浄土真宗を布教するためブラジルに渡った.京都には跡を継ぐべき本家筋の人たちがいたのだが,昭和30年代にお東騒動と呼ばれるトラブルがあり,その人たちは分裂して出て行ってしまった.真宗大谷派ではこの後様々な改革があり,法主と呼ばれる絶対的なトップの座が,門首と呼ばれる象徴的なトップの座に変わったのだが,お東騒動のため門首の後継者がいなくなってしまった.しばらく門首はいるが後継者がいないという時期が続いたのだが,その後一番血筋の近い人ということで,大谷君のお父さんが後継者に指名されたのである.このお父さんは1歳の時にブラジルに渡って現在はブラジル国籍であり,博士号を持つ物理学者である.日系ブラジル人の物理学者が後継者になったということでかなりマスコミの話題にもなった.その次は長男である大谷君が後継ぎということで,お父さんが門首の座に就くのに伴って,新門と呼ばれる門首後継者になったのである.大谷君が日本に来た時には全く思ってもみなかった大転回であった.

大谷君の博士論文は,"Entanglement Entropy in Algebraic Quantum Field Theory"(「代数的場の量子論におけるエンタングルメント・エントロピー」)という題名で,数理物理学のジャーナル Ann. Henri Poincaréに2018年に出版されている.これは私の元学生で現在ローマ大学准教授である谷本溶君との共著論文である.アメリカ数学会の論文データベース MathSciNet で見るとこれまでに5回引用されており,数学の基準では結構いい数字である.引用しているのはアメリカ,イタリアの私の共同研究者である.大谷君に関する新聞記事でこの題名も載せているものがあったが,「代数的場の量子論」(作用素環論を用いた場の量子論の数学的研究)という文字列を新聞記事で見ることになるとは驚きであった.

大谷君が東大数理にいたときはブラジルでの本名 Yul Otani を使っていて私もそう呼んでいたが,東本願寺では日本名の大谷裕を使っているようだ.ブラジルポルトガル語では"Yul"は「ユウ」のように発音するのでこれは同じ名前である.

東大新聞に大学院修了者の就職先を集計した記事があり,そこに○○大学といった数理科学研究科博士号取得者の就職先と並んで「東本願寺 1名」と書いてあったので,これはどういうことだ,というのがネットで話題になった.数学を学んでいるうちに,哲学的,宗教的興味に目覚めたのかと思った人もいるようだが経緯は上の通りである.

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