視力とパリでの入院

小学校から大学まで視力検査でずっと私の両眼は2.0だった.なぜなら私は視力検査表を覚えていたからだ.(当時は紙の表を遠くから見るという方式だった.) 小学生の頃なんとなく覚えてみようと思ったのだが,上の方の巨大な字は見えるに決まっているので,全五行の下三段(視力1.2, 1.5, 2.0)だけを覚えてみた.するとその後毎年ずっと同じ表だったのだ.ひらがな,数字,ランドルト環の下三段は右上から順に,り,に,こ,け,へ,り,7, 0, 1, 右上,左上,下,左,下,右である.今ネットで見るとこれは中村式視力表というものらしい.まさか毎年同じ表を使うことになっているとは思わなかった.ただし本当の視力も1.5前後はあったと思う.子供の頃からずっと,私の周りには眼の悪い人がたくさんいたが,私は全然そんなことはなく眼鏡いらずだった.だいぶ年を取った今でも1.2前後の視力をキープしている.

しかし眼鏡をかける習慣がなかったために悪いこともあった.近年老眼が進んでいたのだが眼鏡を使おうとは全く思わず,そのために眼の負担が重くなっていることに気づかなかったのだ.私の仕事はパソコン画面に向かっている時間が長い.このため眼の負担が累積して,10年ほど前にひどい頭痛を起こした.2回救急車で搬送され,出張から帰って来られなくなったり,授業ができなくなったりしていろいろ大変だった.

1回目の救急車はパリ出張中のことだった.週末に街を歩いていたところ,急に気分が悪くなって倒れ,道端の人が救急車を呼んでくれたのだ.救急車内でいろいろ検査をされ,さらに病院に強制的に入院させられ検査を繰り返した.命に係わるような状態ではないということはすぐにわかったのだが,次から次へとよくわからない検査が回ってきた.心臓が悪いのかもしれないと言われ,ベッドの上で自転車のペダルのようなものでこぐという検査もやったが,すべて異常なしだった.医師も看護師も英語はよく通じた.それが二泊三日にわたって続き,やっと退院できた.その間食事は大変立派だったのはさすがフランスである.私は親戚がオーストラリア旅行中に倒れて,かかった一千万円単位の医療費がすべて海外旅行保険でまかなわれた経験があるので,必ず海外出張の際は海外旅行保険に入るようにしている.ついにこれを使う時がやって来たと思い,退院の際に保険証書を準備して窓口に行った.窓口の人は英語が全く話せなかったので苦労して怪しいフランス語で話したのだが,無料だから払わなくてよいと言っているように思えた.そんな馬鹿な,これは私のフランス語が通じていないのではと思い,かなりしつこく確認したのだが,やはり無料だということだった.あとでフランス人に聞いたところ,それは緊急事態だから外国人でも無料なのだと言われた.前にデンマークに出張した際,妻が軽い不調で病院に行ったところ,デンマークの病院にはそもそもお金を払う窓口がないということで驚いたことがあったが,フランスでもこれがヨーロッパの福祉というものなのかと思わされた.

このあと2回目は京都で救急車で搬送された.こちらでは検査の後,異常はありません,帰って下さいと言われてすぐに追い返された.そのあと病院にしばらく通ったところ,働きすぎではありませんか,全く働かない日はどのくらいありますか,と聞かれた.全く働かない日の定義によると思ったが,仕事のメールを一度でも読み書きしたり,数学の本や論文を一度でも眺めたら働いたことにカウントするのだと言われた.そういう定義なら,就職してからこれまで,全く働かなかった日はこのパリの病院で二泊した間の一日だけである.さらに医者から眼が疲れているようだ,いい老眼鏡をすぐに買って毎日使えと言われた.しばらく不調だったのだが,それに従った結果,今では回復し問題なく暮らしている.今は老眼鏡がないとパソコン画面は全く読めない.頭痛の原因について何が悪かったのか正式な診断がついたわけではないのだが,ここに書いたような経緯から老眼に気づかず眼に無理がかかったせいだったのだと考えている.

どうでもよい記事に戻る. 河東のホームページに戻る.