「族のゲージ理論」の研究の背景

私のこれまでの研究の多くは,「族のゲージ理論」とその4次元多様体の微分同相群への応用に関係します.その背景について,特別な予備知識を仮定せずに説明を試みます.

4次元多様体の分類理論が,他の次元と全く異なる様相を呈することはよく知られています.2次元では分類は古典的,3次元では幾何化予想の解決によって見取り図が与えられており,高次元では原理的にはホモトピー論が支配的である,というのがトポロジストの共通認識です.一方4次元においては,分類は困難を極め,ホモトピー論的な情報では可微分構造の分類はできません.例えば,4次元位相閉多様体が可微分をひとつでも許容すれば,しばしば無限個の可微分構造が入ることが観察されています.これは4次元以外で起きない現象であることが知られており,また4次元では位相的なカテゴリーと可微分カテゴリーにおいて著しい対比があることを示しています.このように,以下の(部分的に重なる)二つの観点が4次元多様体論では基本的です:

  1. (1) 位相的なカテゴリーと可微分カテゴリーの比較
  2. (2) 4次元とその他の次元の比較
このような比較を行う上で,物理学由来の偏微分方程式を4次元多様体上で考察するゲージ理論が有効であることもよく知られています.

他方,多様体そのものの分類とは別に,多様体の族は様々な次元で深く研究されてきました.2次元を例に取ると,2次元多様体(曲面)自体の分類は100年ほど前に完了しているにもかかわらず,曲面の族,すなわち曲面をファイバーとするファイバー束(曲面束)は現在でも活発に研究されています.例えば,曲面束の分類空間のコホモロジー(すなわち曲面束の特性類)は,豊かで興味深い研究課題を提供しています.ここから,多様体そのものの分類と,その族の研究には,大きなギャップがあることが分かります.

ある対象の族の研究は,その構造群として現れる対象の自己同型群の研究と密接に関わります.可微分多様体 X に対してはその微分同相群 Diff(X), 位相的なカテゴリーでいえば同相群 Homeo(X) が自己同型群にあたります.上で述べたように,多様体自体の分類を終えた2次元トポロジーは,その族や自己同型群の研究として発展しました.3次元でも,幾何構造を保つ自己同型群と微分同相群の比較(Smale予想の一般化)の観点からの深い研究があります.さらに,半世紀前に分類に一段落ついた高次元(5次元以上)の多様体に対しても,族や自己同型群の研究はホモトピー論の観点から現在精力的に進められており,この十年来のトポロジーにおける一つの中心的な潮流をなしています.あたかも,半世紀以上前のトポロジーの黄金時代が,族や自己同型群の研究に形を変えて蘇ってきたかのようです.これら4次元以外の状況から,4次元トポロジーにおいても,族や自己同型群の研究が最終的には比重を増していくと私は考えています.

私はこのような観点から4次元多様体を研究しています.したがって,中心的な興味の対象となるのは,4次元多様体の族,すなわち4次元多様体をファイバーとするファイバー束や,4次元多様体の微分同相群です.あえて仮想的な「究極の目標」を述べるとすれば,4次元多様体の族の分類ですが,上で書いたことから,これは全く現実的な目標ではありません:第一に,ファイバーである4次元多様体そのものの分類が現状不可能であり,第二に,それをファイバーとするファイバー束の分類はより複雑になることが想定されるからです.

この「究極の目標(4次元多様体の族の分類)」を,部分的にでも取り組める形にするために言い換えてみます.可微分多様体 X の族は BDiff(X) と書かれる空間(微分同相群の分類空間)で分類されます.この空間 BDiff(X) は,直感的には X と微分同相な多様体全てをパラメトライズしている空間で,「多様体のモジュライ空間」と呼ばれます.上で述べた「究極の目標」は,全ての4次元多様体たち X に対して,モジュライ空間 BDiff(X) のホモトピー型を決定するということと同値です.これは既に書いた通り事実上不可能ですが,この仮想的な目標に向かう過程とみなせる自然な問題は極めて豊富にあります.BDiff(X) の構造を,種々の不変量,例えば(コ)ホモロジー群やホモトピー群を通して調べることはその一例です.

さらに,これまでの4次元多様体論の発展を踏まえると,4次元多様体の分類理論で重要であった

  1. (1) 位相的なカテゴリーと可微分カテゴリーの比較
  2. (2) 4次元とその他の次元の比較
に対応することを,モジュライ空間・自己同型群のレベルで考えるのが妥当でしょう.すなわち,以下のような問題が自然に生じます:
  1. (I) 微分同相群 Diff(X) と同相群 Homeo(X)の比較.あるいは BDiff(X) と BHomeo(X) の比較.
  2. (II) 微分同相群 Diff(X) あるいはモジュライ空間 BDiff(X) の4次元とその他の次元との比較.
より具体的に,これらの比較問題を,(B)Diff(X) や (B)Homeo(X) の(コ)ホモロジー群やホモトピー群の観点から考察するのは自然な問題設定と言えるでしょう.

これらの問題にはどのように取り組むのが良いのでしょうか.4次元多様体そのものの分類問題では,ゲージ理論が中心的な道具でした.4次元多様体の族の研究では,ゲージ理論を4次元多様体の族に対して考えることが有効と期待されます.すなわち,ファイバー束の各ファイバーの上にゲージ理論で考えられる偏微分方程式が乗っていて,これが族のパラメータ空間に関して連続依存している状況を考察するというものです.これが「族のゲージ理論」で,私の研究の手法上の中心のひとつです.

私のこれまでの研究では,考えたい問題に応じて「族のゲージ理論」の道具立てを発展させることで,上の (I), (II) のような自然な問題に様々な角度からアタックしてきました.例を挙げてみます.Seiberg-Witten方程式は,ゲージ理論における代表的な偏微分方程式です.私の博士論文では,Seiberg-Witten方程式の族を用いて,4次元多様体束の特性類を構成しました (Geom. Topol. 25 (2021), no. 2, 711–773).最近,この特性類の変種を道具として,4次元多様体のモジュライ空間 BDiff(X) のホモロジーが他の次元とは決定的に異なる振る舞いを示すことを示しました(arXiv:2211.03043, Jianfeng Lin氏との共同研究).その振る舞いとは,多様体の安定化と呼ばれる操作(曲面の種数を増やすことの高次元類似)によりモジュライ空間のホモロジーが安定するか否かです.4次元以外では安定することが知られており,それらの次元における基本的結果と見なされています.我々の論文ではさらに,この特性類は,BDiff(X) のホモロジーと BHomeo(X) のホモロジーの差をdetectすることもできると示しました.これらは,4次元多様体のモジュライ空間に対するゲージ理論による(コ)ホモロジー的研究の初めての例です.最終的に得られるモジュライ空間 BDiff(X) の(コ)ホモロジーに対する結果は,現状族のゲージ理論以外のアプローチが存在しません.

その後,この特性類を一般化することで,4次元多様体の微分同相群のさらなる特殊性をも捉えました.4以外の全ての次元では,単連結閉多様体の写像類群は有限生成になることが知られています.これと対照的なことに,単連結閉4次元多様体の写像類群は無限生成になり得ることを示しました (arXiv:2310.18695).なお,これは可微分カテゴリーでの写像類群に対する結果ですが,位相的な単連結閉4次元多様体に対する位相的写像類群(Homeo(X) の連結成分のなす群)は有限生成と知られているので,写像類群の無限生成性は4次元可微分カテゴリー特有の現象です.この論文では,より一般に,与えられた次数に対し,BDiff(X) のその次数のホモロジーが無限生成になるような単連結閉4次元多様体 X の存在を示しました.4次元以外では,この主張の類似も成立しないと予想されており,4以外の偶数次元では実際に正しいことが知られています.

(コ)ホモロジー的研究の他にも,4次元多様体の微分同相群 Diff(X) と同相群 Homeo(X) のホモトピー群の差を,族のゲージ理論を用いて様々な観点からdetectしてきました. 具体的には,Diff(X) から Homeo(X) への包含写像がホモトピー群に誘導する写像が様々な次数で同型/単射/全射にならない例を発見してきました.このような現象は3以下の次元では起きないことが知られています.

今後も,4以外の次元から積極的に問題意識やアイデアを得て,それに応じた族のゲージ理論の手法を開発することで,族や自己同型群の世界における4次元特有の新しい現象を見付けていきたいと考えています.


トップページに戻る