セミナーの準備のしかたについて

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去年の夏にこのページを書いて以来,いろいろな人が,このページにリンクを張ってくれたり,プリントアウトして学生に配ったりしてくれたりしているようです.ありがとうございます.それに伴い,中身についていくつか聞かれることもあるので,最後に補足を追加しました.(5/31/1997)
セミナーの準備のしかたは個人ごとに自分にあったやり方でやればいいので,別に特定のやり方を押し付けるつもりはありませんが,一つの例としてやり方を説明します.

まず,当然書いてあることを理解することが第一歩です.黙って「何々である」とか,"It is easy to see...", "We may assume that...", "It is enough to show..."などと書いてあるのはすべて,なぜなのか徹底的に考えなくてはいけません.「本に書いてあるから」とか「先生がそう言うから」などの理由で,なんとなく分かったような気になるのは絶対にアウトです.そういうところは「なぜですか」と聞かれるに決まっているんですから,どうきかれてもすぐに答えられるように準備をしておく必要があります.また自分の知らない定理や定義を使っているところがあれば当然,調べたり聞いたりしなくてはいけません.定義や定理を知らなければそこの部分が理解できないに決まっているんですから,そういうところを素通りするのは数学の本の読み方として根本的に誤っています.そして「全部完全にわかった」という状態になるまで,考えたり,調べたり,人に聞いたりするのをやめてはいけません.「自分は本当にわかっているのか」と言うことを徹底的に自問して「絶対にこれで大丈夫だ」と思えるようになる必要があります.「だいたいこうみたいですけど,これでいいんでしょうか」などというのは(たとえ結果的に正しいことを言っていたとしても)何もわかっていないのと同じです.「完全に正しいと断言できる」ということと「自分にはわかっていない」ということの違いが自分ではっきりとつけられるようにならなくては何も始まりません.あいまいな状態のまま,セミナー本番に臨むようなことは論外です.

さてそうして,ちゃんとわかったという確信が持てたとしましょう.まだ準備は終わりではなく,始まったばかりです.本を閉じてノートに,定義,定理,証明などを書き出してみます.すらすら書ければO.K.ですが,ふつうなかなかそうはいきません.それでも断片的に何をしていたのかくらいは,おぼえているでしょう.そうしたら残りの部分については,思い出そうとするのではなく,自分で新たに考えてみるのです.「どのような定義をするべきか」,「定理の仮定は何が適当か」,「証明の方針は何か」,「本当にこの仮定がないとだめなのか」,「どのような順序でlemmaが並んでいるべきか」などです.そうして,筋道が通るように自分で再構成する事を試みるんです.これもなかなかすぐにはできないでしょう.そこで十分考えたあとで,本を開いてみます.するといろいろな定義,操作,論法の意味が見えて来ます.これを何度も,自然にすらすらと書き出せるようになるまで繰り返します.普通,2回や3回の繰り返しではできるようにならないでしょう.

さらにそれができるようになったとしましょう.今度は,紙に書き出すかわりに頭の中だけで考えてみます.「定義は何か」,「定理の仮定は何か」,「証明のポイントはどこか」,といったことを考えてみます.複雑な式変形などは頭の中だけではできないでしょうが,全体の流れや方針,ポイントは頭の中だけで再現できるものです.できなければ,それはよくわかっていないということですから,本やノートを見て復習し,ちゃんとできるようになるまで繰り返します.

このようにして,何も見ないでセミナーで発表できるようになるんです.(私のセミナーでは,本,ノート,メモ等を見ることは一切禁止です.) これは丸暗記するということとは全く違います.数学の論理は有機的につながっていて,定義でも,仮定でも,補題の順番でも,何か理由があってそうなっているんですから,全体の構造を理解していれば,正しく再現できるようになります.

これでもまだ準備は終わりではありません.セミナーの時間配分も考える必要があります.授業でも,学会発表でも,やるべき内容が先にあり,時間が決まっているんですから,ちゃんとそれに合わせて話ができなくてはいけません.セミナーはその練習でもあります.(日本では,教員でもそういうことのできない人が少なからずいますが,プロとして恥ずかしいことです.そういうのをまねしてはいけません.)自分で,「今回の発表内容はこれだ」という計画を立て,時間をどういうふうに使うか決めなくてはいけません. 「この証明に20分,ここの説明に15分」というふうに自分できちんと計画を立てます.そして途中で時計を見ながら,早すぎる/遅すぎるなどの調整をしていって,最後にぴったり終わるように持っていきます.何も計画なしにだらだらと進んで行って時間が来たところでおしまい,というようなことでは,時間を無駄にしているだけです.このためにももちろん,完全に理解しておくことが前提となります.「何を聞いても即答できる」という状態ならば,いくら派手にとばしてもO.K.です.

以上のような準備をきちんとするには当然,膨大な時間がかかります.1回の発表のために50時間くらいかかるのは,何も不思議ではないし,100時間かかっても驚きはしません.実験系統の院生は,朝から晩まで(あるいは晩から朝まで)実験しているんですから,数学だってたっぷり時間をかけないと身につかないのは当然です.

以上のようなことを心掛けて,十分な準備の下でセミナーに臨んでください.

河東泰之


上に書いたことについて,よく聞かれることの答えを追加します.

・50〜100時間というのの根拠は何か?

まず,勉強の量を時間で計ることにはたいして意味がなく,だらだらと長い時間するより,集中して短時間にやるほうが効果がある,ということは(あたりまえですが)はっきり最初に言っておきます.その上で,めどとして一応数字を挙げたわけですが,私が想定しているのは,院生が2〜3人でセミナーをする,というような状況です.(一人で毎週する,というような状況であれば当然話は違ってきます.)普通のサラリーマンの勤務時間は週40時間くらいですから,2.5週に1回発表するとすれば,100時間分あります.そのうち半分セミナーのために使うというのは,まあもっともなことではないかと思います.また,慣れていないとか,特に難しいところとか,何か理由があれば,2倍くらいのファクターがかかることがあっても当然な気がします.今,週40時間と書きましたが,アルバイトなどがなければ,院生がその2倍くらい勉強する(こともある)のは何もおかしくないのではないでしょうか.そういうことを苦痛だと思う人は,数学には向いていないと思います.

・こういうことが文字どおりにできると思っているのか?また実際にセミナーでこのようなことが実現されているのか?

厳しいことを書いて学生をおどしておけば,少しはびしっとすると思って極端なことを書いているのではないか,とも言われたことがありますが,そういうつもりではありません.文字どおり,こういう調子でやるべきだし,そうできると思っています.毎回100%とまでは言いませんが,かなりの程度実際にできていると思います.こういうことができない人が大学院(特に博士課程)にいるのはおかしいことでしょう.

・数学者になるつもりのない人にもこういうことを要求するのか?

私は,一応(狭い意味での純粋)数学者になりたいという人を想定して書きました.しかし,たいていの学生は広い意味で研究に関連した職業につくわけだし,自分が調べたり考えたりしたことを人の前できちんと話す,という訓練は重要ですから,同じことを要求してよいと思います.「なぜですか」と聞かれて,準備不足で全然まともに答えられない,というようなことについては会社などの方が気が短くて厳しいように思います.

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