私のところで大学院入学を志望する方へ

当研究科では,大学院入学志望者向けに各教官が1ページずつ自分の研究の紹介や大学院入学志望者への案内を書いたパンフレットを配っています. 私の説明は,ここにありますが,もう少し詳しいものを書いてみました.

まず一般的な勉強の仕方についてです. セミナーの準備の仕方については別のページに書きました. いろいろとそちらに書いてありますが,一番重要なことを一言で言えば安易にわかった気になってはいけないということです. ここで「わかる」というのは別に,数学全体の将来の発展を踏まえたある理論の位置づけというようなことを言っているのではなくて,単に本に書いてあることについて,定義は何で,定理の仮定と結論は何で,どういう方法でどのように証明してあるか,といったことを理解する,という意味です. そんなことは本に書いてあるんだから簡単だ,と言う人は,とても優秀か,何もわかっていないかのどちらかでしょう. 数学の本はそんなに簡単にわかるものではありません. わかってないのにわかったような気になっていては,本を何冊読んでもザルで水をすくっているようなものです. 大学教養程度を超えるようなレベルの数学の本を,こういう意味でちゃんと理解したという経験がなければ大学院で研究の準備に入ることは難しいでしょう.

具体的な予備知識の内容ですが,私のところで作用素環論の勉強,研究をするにはこちらの下の方にあるようなことは知っておいた方が都合がよいでしょう. 作用素環論はいろいろな分野との関連が増えてきているので最初のうちはできるだけ幅広く勉強したほうがいいと思います. ただ誤解されないようにはっきり言っておきたいのですが,多くのことを知っていることは研究するための必要条件でも十分条件でもありません. そもそもすべてのことを自分で考え出せるのであれば,本や論文は一切読む必要はなく,自分で論文を書けばよいのです. 研究者の仕事は人が読んでくれるような本や論文を書くことであって,人が書いた本や論文を読むことではありません. (しかしどれほどの天才でも自分で一からすべてをやることは無理なので,勉強することが必要になるでしょう. また,確立した用語や記号の定義を知らなければ人に話が通じません.) ただ,普通の研究者(の卵)が常識的に知っているようなことを知らなければやっぱり不利になることが多いでしょう. その不利を克服するには何か特別な努力や才覚が必要になります. しかし逆に言えばそういう何か特別なものがあれば,知識が足りなくても自力で何とかしていくことは可能だと思います.

私のやっている授業やセミナーのスケジュールはこちらにあります. 実際に来れば見学することも可能です.あらかじめメールなどで連絡してください.大学や学科,学年は問いません. 大学1年生でも高校生でも結構です. これまでも大学,学科,学年の違う人が聴講したりうちの学生に交じって発表に参加したりしていたこともあります. (あまりたくさん来るようなら制限することになるでしょうが,たぶんそういうことはないでしょう.) 特に大学院を受験して私のところに来たいという人は,受かった場合はそれなりに長い付き合いになり,その後の指導のこともあるので,あらかじめ連絡をとってくれた方がお互いのために便利だと思います. 東京近辺の方は連絡してくれれば会って話します.遠方の方はネット面談も可能です. (院試の合否自体には事前連絡の有無は一切関係ありません.またどこの大学,学科の出身かも全く関係ありません. なお東大全体の規制により,入学願書を出した後は,試験前に入試に関わる接触はできません.) 大学院入試に合格して私のところを希望すれば,人数制限(教員1人につき原則として修士入学者2人まで,理由書を書けば3人まで,ただし留学生は別カウント)に引っかからない限り受け入れます.これまで30年近くやってきて,人数制限に引っかかったのは2回です.

私のところのこれまでの例では,修士課程修了者の博士課程進学率は約5割です. 博士課程進学者の修士論文の大半が国際学術雑誌に出版されています. 博士号取得者の進路はこちらにある通り,大学等の教育研究ポストが多くなっています. (4年生や)修士1年生のセミナーでは作用素環論に関係する基本的な教科書を読んでもらうのが普通です. 修士2年生前半ではさらに進んだ専門書や論文を読み,後半で修士論文を書いてもらうことになります. 博士課程進学希望者の場合は,研究テーマを自分で見つけてもらうことを原則にしていますが,うまく見つけられない場合はもちろん個別に指導します. 研究テーマは広い意味で作用素環論と関係があれば何でもよく,私の研究と近い必要は全くありません. 実際これまでも多くの大学院生が私とかなり違うテーマの研究をしています. 博士課程では,学振特別研究員,リーディング大学院等の援助を得たうえで,海外の大学,研究所などに1年程度滞在して研究することを強く推奨しています.そのための費用獲得も積極的にサポートします. なおこれは東大で博士を取る想定ですが,海外で博士を取りたいという場合も積極的に相談に乗ります. また必要があれば,大学院生の国内外の出張旅費もできるだけ援助します. 私のところでは院生の多様性を重要と考えています.これまでの実績では,大学院生は留学生が約2割,女性が約1割で,いずれも東大数理の平均よりは大幅に高くなっています.(2割や1割で高いというのは残念な数字ですが.) また出身学科が物理や情報系の人は何人もいましたし,全く数学と関係ない学部の人もいました. 数学以外では英語も大変重要です. 私のところのセミナーは留学生やビジターが多く,しばしば英語で行っています.

1990年代の大学院改組によって,全国的に大学院生の定員は激増しましたが,大学教員としての数学者のポストは増えておらず,漸減傾向にあるように思います. 当研究科の大学院生は数学者志望の人が圧倒的に多いのですが,それに比べ大学のポストの数は少なく,最終的にそのようなポストにつける人はだいたい当研究科修士課程入学者の1/4程度である(と思われる)ことは覚悟しておいてください. 博士課程を修了してもすぐに大学のポストにつける人は近年ほぼゼロです. (多くの人は任期つきの研究員になります.何も仕事がない人も少なからずいます.) 「大学院の変容 by 東大相関基礎科学系 清水明氏」 という,東大物理の大学院に関する記事がありますが,数学でも状況は似たようなものです. 自分の将来のために自分が何をすべきなのかよく考えてください.

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