Japanese Journal of Mathematicsの歴史

Japanese Journal of Mathematics(JJM)は、1924年(大正13年)に創刊されました。

1924--1974年は、学術研究会議(1949年に設立された日本学術会議の前身)によって編纂・出版が行われました。

1975年から、母体が学術研究会議から日本数学会に移り、JMSJ(1948--)と並んで日本数学会の欧文機関誌になりました。

JJM 2ndシリーズ("New Series" 1975--2005)は、国内の14種類のジャーナルに推薦された論文を掲載し、紀伊國屋書店の協力で出版していましたが、この形態は2005年に終焉しました。

JJMの継続に関して、日本数学会の理事会とワーキンググループで検討を行い、優れた研究総説を掲載するジャーナル「JJM 3rd シリーズ」として継続発行する方針が立案され、2005年3月の年会における評議員会で承認されました

JJMの3rd シリーズは、小林俊行理事を中心とした新編集委員と森田康夫理事長によって2005年3月より発足の準備が開始され、Springer社の協力を得て、2006年の3月に創刊号が発刊されました。
また、2006年4月2日より電子ジャーナルの配信も始まりました。

さらにJJM の活動の一環として、高木貞治の名を冠した「高木レクチャー」の創設が立案され、2006年3月26日に日本数学会の評議員会で承認されました。
第1回目の高木レクチャーは2006年11月25--26日に京都大学数理解析研究所において開催されました。

JJMのロゴマークは、2006年3月に生まれました。小林俊行氏のデザインによるものです。JJMの文字によってかたどられた富士山は、良いものを日本から発信することを象徴しています。また、JJMが1924年から絶え間なく継続して出版されてきた歴史を大事にしようという気持ちも含まれています。英文フォントは大正時代のJJMの表紙のフォントに近いものを用いています。

JJM (New series 1975-2005)の終焉の経緯は「数学通信」10巻1号、JJM (3rd series 2006-)の創刊号についての解説は「数学通信」11巻1号をご覧下さい。高木レクチャー(2006-)の創設の趣旨については「数学通信」12巻1号をご覧下さい。「数学通信」14巻1号の巻頭言(小林俊行氏 記)もご覧下さい。

1924--1974 1975--2005 2006--

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最終更新日: 4 February 2013 maintained by Toshiyuki Kobayashi