シュレディンガー方程式は、量子力学の基礎方程式であり、自然界の多くの量子力学的現象を記述すると考えられている。 半導体の設計から素粒子の理論まで、多岐にわたる微視的現象の記述に用いられている。しかし、理論の成立から80年近くになるにもかかわらず、古典物理学とは大きく異なる理論体系であるために、その数学的に厳密な形での現象的理解は十分に進んでいるとは言えない。この研究計画は、大局的に言えば、いまだ謎の多い量子力学の描く世界、つまりシュレディンガー方程式の記述する現象に関して、数学的構造の解明を通して、より深い理解を得ることを目的としている。
偏微分方程式として解析学の立場から見ると、シュレディンガー方程式は、熱方程式、波動方程式などの「古典的偏微分方程式」と一見類似しているものの、多くの本質的な違いがあり、古典的な偏微分方程式論の枠組みには収まりきれない。それ故に、フォン・ノイマンらによるヒルベルト空間の公理的 枠組みが導入され、それによりはじめて数学的に厳密な形での量子力学の記述が可能になった。1940年代以降、加藤敏夫, M. Birmanやそれに続く数学者たち (池部晃生、黒田成俊、斉藤義実、S. Agmon, など)により、関数解析的な枠組みの下にシュレディンガー方程式のスペクトル・散乱理論は大きく発展し、現在では「古典」と見なされる一体シュレディンガー方程式のスペクトル・散乱理論が1970年頃までに完成した。
その後、シュレディンガー方程式のスペクトル・散乱理論は、上記の理論の土台の上に、多体の散乱問題、物質の安定性、半古典極限の解析、量子力学的共鳴の評価、ランダム・シュレディンガー作用素のスペクトル理論、解の長時間の挙動の漸近展開、などの話題を含む大きな研究分野に発展した。現在も、上記の話題のほとんどは活発な研究分野であり、さらに非線形シュレディンガー方程式の解析との関連で、分散型評価の研究なども盛んである。
上記の説明にも言及されたように、原子核の電子系のシュレディンガー作用素の自己共役性を証明し、シュレディンガー方程式の関数解析的研究の基礎を作ったのは加藤敏夫であり、その弟子である池部・黒田らにより、シュレディンガー方程式を中心とする関数解析的数理物理の研究の強力な学派が日本に作られた。シュレディンガー方程式の研究に関して、日本は常に研究の中心のひとつであった。池辺・黒田の世代を日本におけるシュレディンガー方程式研究の第一世代とすると、団塊の世代を中心とする第2世代(田村英男、谷島賢二、磯崎洋、岩塚明、など)、それに続く当研究計画の研究代表者、研究分担者を含む第3世代、その下の第4世代が成長しつつある状況にある。
当研究計画の第一の目的は、上に述べたような日本におけるシュレディンガー方程式の研究の状況をふまえて、働き盛りの研究者の連携によって研究のさらなる活性化、進展を図ることにある。特に、散乱理論を中心とするシュレディンガー方程式の理論で発達した洗練された手法のもつポテンシャルは極めて大きいものであり、より広い数学研究分野への展開を企図している。もちろん、伝統的な、物理的背景を持つ問題群の研究を深めることも、計画の柱である。第二の目的は、シュレディンガー方程式論の第4世代の研究者の育成のための活動を行うことにある。大学をめぐる社会状況の変化、大学院の構造の変化もあり、各大学バラバラの研究教育活動のみでは、次世代の研究者の育成が十分に出来ないおそれがある。組織的に最先端の研究者を招聘し、研究会、研究交流を通じて研究活動を行うとともに、連続講義を中心にした、大学院生、若手研究者を主な対象としたスクール形式の研究会も継続的に開くことにより、上記の目標を達成することを目指す。
(注:この文章は、応募書類の一部を少し手直ししたものです。)