もう少し履歴書的な形の物 CV(英語版)
東京都生まれ、埼玉県育ち。 高校は埼玉県立川越高等学校卒業 (同校出身の数学研究者を二人知っています)。
1982年東京工業大学I類に入学。 山岳系のサークル、渓友会に所属。
学部は数学科に在籍し、4年生の時、藤原大輔教授のもとで関数解析の セミナーの指導を受けました。 当時から確率論の研究志望だったため、 藤原教授に応用物理学科の志賀徳造教授 を紹介して頂き、志賀教授の もとで確率論のセミナーの指導も受けました。 ですから、4年の時は、2つセミナーの指導を受けました。
大学院からは、応用物理学専攻に進学しました。 志賀教授が海外出張で不在のため、東大の楠岡教授 のセミナーに参加させてもらい、確率解析の指導を受けました。 氏は当時まだ助手でしたが、 楠岡研のメンバーは8人ほどもおり研究テーマも様々で 大変盛況でした。 修士1年のとき、メンバーのみんなと寝台車で熊本まで確率論のシンポジウムに 参加したのはなかなかよい思い出です。 楠岡教授が京大数理研に異動したこともあり、 私も博士課程2年(1989年6月〜1990年3月)のときに、京大数理研 の長期研究員として在籍させて頂きました。
1990年4月からは、東北大の助手として採用して頂き、 これまで全く縁が なかった東北に行くことになりました。 私は職を得てから博士の学位を取りましたが、 今は学位を取ってからでないとアカデミックポジションにつくのは 無理で、大きな違いがあります。 東北では確率論の研究者は、ほとんどいませんでしたが いろいろな分野の人から大変刺激を受けました。 また、助手になった年にICMが京都であり、 大変印象に残っています。 1994年4月から東北大学大学院情報科学研究科助教授となり、 5年間お世話になりました。 その後、大阪大学基礎工学研究科数理教室に移り、 11年間務め、東北大学在職期間より(2010年現在で) 長くいることになりました。 大阪は東京に次ぐ大都市ですが、大学がある場所が場所だからか、 非常に住みやすい所でした。 なお、私は、関西人ののりにそんなに辟易したことはありません。。。 そして、2010年4月から再び、東北大学数学教室に務めることになりました。
私の趣味は走る事(大阪では天竺川・神崎川周辺、仙台では広瀬川近辺を よく走ります)読書、映画を見る事。 最近は映画を見に行けていません。